土地神様のわすれもん (富士見L文庫)

【土地神様のわすれもん】 新井輝/あおいれびん 富士見L文庫

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「わすれもん」―とある地方の方言で、忘れられた存在を指す。世間から「わすれもん」扱いの作家・真金井光。彼が庭先の祠を掃除していると、中に置かれた猫の人形が動き、突然喋り出した。自分も「わすれもん」となった土地神だという猫は、同じような存在を助けようと光に持ちかける。「きっと普段得難い経験が出来る。作家の君にとってうぃんうぃんだろう?」肉球とガッチリ?握手で約束を交わす光だが、実は彼にも忘れている過去があって―。2人一緒なら百人力のコンビが皆のために駆け巡る友情物語。
あいやあ、作家なんて十年程度音沙汰なくたって忘れられたりしませんて、と思うのは自分だけだろうか。そも、新井さん前作2015年だからまだ三年しか経ってないよ。それでもしばらく音沙汰なかったのは間違いないので、お久しぶり。
本作と共に富士見ファンタジアの方でも新作を出しているので、これは一時的にでも作家活動を再開されたということでしょうか。だったら嬉しい。
しかして本作の主人公、あらすじでは頑なに光というペンネームで押し通しているけれど、何気に作中では殆ど光とは呼ばれなくて、本名の方で呼ばれっぱなしだ、この人。おーい、志男。
本名、苗字と合わせてこれだと確かに抵抗がある。
さて、この作者の描く主人公はある種の欠落を抱えた人間が多いのだけれど、彼の場合失われていたのは一部の記憶であって、人間性や情動の類が欠けているわけではないからか、かなり普通の人間である……のかなあ?
小説をまったく書けなくなってから、取材と称して色んな方面にチャレンジしているのですけれど、その尽くを免許皆伝レベルまであっさりと習得してしまってるあたり、この人って全方位に向けての天才っぽい。書けない小説も、最初に受賞したときはなんとなく書いたものがバカ当たりしてしまっているところや、土地神と遊ぶようになって書いた短編とかすごい受けているのを見ると、小説家としても天才、というのもあながち自称ではなさそうだし。
土地神さまに促されたとはいえ、特に抵抗もなく人様のお宅に訪問して、おたく祟られてますよ、みたいなことを臆面もなくのたまってしまうところとか、考えてみると全然普通の人じゃないのかもしれない。だいたい、それ普通なら通報されてもおかしくないですからね?
ところが、地元では彼の実家、鈴木家というのは妙な権威があり、神様に代々お仕えしている家、ということで少々不思議なことを言い出しても……神様がそう言ってるんですよ、とか言ってくるの少々レベルじゃない気もするのだけれど、鈴木さんところの人が言うんだから本当なんだ、とさらりと信じてもらえるのってちょっとこの地元の人達大丈夫ですか?と若干心配になるレベルで信用があるようで。
狸のお母さんから頼まれて子狸探しに来ました、という話まで子狸飼ってた一般家庭の家の人がそうですかー、と信じてしまった、むしろ正直に話してしまう主人公が大丈夫か、というところなんだけれど、それでも信じてもらえてしまうのは別に主人公の人徳でも何でもありません。鈴木家、この地方では何者だったんだ、ほんとに。
考えてみれば、旧家に引っ越してきて突然土地神と名乗る怪しい猫に話しかけられて、若干パニックになりながらもすぐにツッコミ入れながら対等に丁々発止しているあたりからして、この小説家先生も全然普通じゃないよね。ってか、相手神様と思って無くてこれ普通にしゃべる猫としか思ってないよね。
ともあれ、神様にせっつかれながら色々と案件をこなしていくのだけれど、様々なスキルを有しているとは言え、ぐだぐだと書けない小説を書こうとして十年粘っているような煮詰まった男である。颯爽と問題を解決、なんてスマートなことが出来るはずもなく、かなり行き当たりばったりでぐだぐだにアタックしていくのだが、兎にも角にも介入するということが場の空気を入れ替えることにもなるのだろう、きっかけにもなるのだろう。なんとなくまあ丸く収まっていくあたり、なにごともやってみるもんだ、というより解決の意思を持ち込むことが大事なのかも知れない。うまくいかなくても、とりあえずでもなんとかしようという意思が介在することで、問題になってる相手方の方でなんとはなく収拾つけてくれるみたいなところもあるものですから。
とまあ、そんな感じでまったく締まらない猫と書けない小説家のコンビの相応にのんびりした日常を堪能するところでありました。

新井輝作品感想