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天鏡のアルデラミン

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 7 5   

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (7) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 7】 宇野朴人/ 竜徹 電撃文庫

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軍事クーデターによって、カトヴァーナ帝国内はイグセム派、レミオン派、旭日連隊の三つの勢力に分裂する。旭日連隊のイクタは、行方不明だった帝国皇帝の身柄を確保することに、いち早く成功するが、佞臣トリスナイの巧みな謀略に踊らされてしまう…。イグゼム派の将校として捜索隊を率いていたヤトリと、戦場で対峙するという、まさかの事態を迎えるのだった―。非情な運命は、二人の未来をどう変えることになるのか?話題沸騰の本格ファンタジー戦記、ついに最大のヤマ場を迎える!!
未だ衝撃のあまりクラクラしてる。実のところ、作家にとってこういう展開というのはかなり「やりたい」展開だと思うんですよね。でも、なかなか思い切れないし、身を切るような辛さを感じてしまって出来ないんだと思う。でも、その身を切るような辛さこそを恍惚と羨望してしまうのが作家のサガであり業でもあり。
衝動ではないのだろう。最初からここを目指して切り貼りしてきた節があちこちに見受けられる。全部計画のうちだったのだろう。でも、実際に書き始めて、イクタとヤトリの二人を描いて、そこに実が生まれ像が結実しキャラクターが息をし始めた時に、果たして事前に描いた構想を振り返り、果たしてどれほどの仄暗い感情を抱いたのか、想像するに余りある。痛くて辛くて苦しくて、なんて甘美な悦楽だろう。羨ましくすら感じてしまう。こればっかりは、書く方の特権であり読み手であるこちらはただただのた打ち回るばかりだ。いや、こんなふうに感じている時点で「共感」しているのか? 同じ沼の淵にハマってしまっているのか? 
いずれにせよ、避けられるはずだった帝国の滅びは、王女の幼い願いは……これで完全に果たされる。どうやったって叶うはずもなかったものが、ここに結実してしまった。ハッピーエンドなどありえない。どこの誰にも望まれなくなった。滅びろ、滅びろ、滅びろ!という切なる願いが重なってしまったのだ。私も重ねてこう呻こう。
「滅びてしまえ!!」
それ以外、許せない心境なのだ。この現実をもたらすに至ったすべてが、呪わしい。許せない、怒りがこらえられない。悲しみなど吹き飛んでしまった、ただただぜんぶぶち壊して欲しい衝動に駆られている。なんて、暗い愉悦だろう。今になって、ようやく受け入れがたかった王女の有り様に共感している。シンクロしている。読後直後の動揺が冷静さを奪っているのだろうけれど、今はただこの暗い愉悦に身を任せていないと、色々と耐えられそうにない。ああ、イクタはどうするのだろう。
ヤトリよ、そいつは呪いだぜ。約束は守られ、同時に守られない。しかし、それは彼を縛るのだ。それにあんた、前に言ってたじゃないか。イクタを殺せば「ヤトリ」は死ぬって。幼い頃の狼との死戦でだって、イクタは言ってたじゃないか。ヤトリの最後の言葉は幸せな妄想だ。比翼の鳥は、一つには溶け込まない。二人でいるからこそ、連理比翼なのだ。彼がこれまで生きてきてやってきたことは、すべて全部何もかもが、ヤトリその人の為だったのに。イクタとはヤトリだったのに。
イクタが死ねば「ヤトリ」が死ぬのと同じように、「イクタ」もまた死ぬだろう。なら、「イクタ」が死んだ後に残るのは、何なのか。
ここからは、望まれし煉獄だ。

前回作風に合ってないと言ったイラストだけれど、今回に関しては絵師の竜徹さん凄く頑張ったんじゃないだろうか。土台からひっくり返したように雰囲気変えて、この衝撃的な展開に挑むかのような気合入ったイラスト群だったと思う。まったく、文句の付けようはなかった。この努力は掛け値なしに素晴らしい。

シリーズ感想

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 6 4   

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (6) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 6】 宇野朴人/竜徹 電撃文庫

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カトヴァーナ帝国軍が真っ二つに! ヤトリが離脱した騎士団の未来は……!?

軍事クーデターが起こり、カトヴァーナ帝国内でイグセム派とレミオン派が激突する。
それはイクタたちにも影響を及ぼし、イグセム家のヤトリは父のもとに戻るべく、騎士団を離脱。
またレミオン家のトルウェイは、父と対峙することを決意。
そしてイクタは、父バダ・サンクレイの残した独立部隊「旭日連隊」を率いて、内戦を収めようと立ち上がる。
激しく揺れる帝国で、それぞれの想いを胸に戦場を走る少年少女たち。彼らの未来に希望はあるのか…?
本格ファンタジー戦記、待望の6巻!
イクタは、ヤトリをイグセム家の宿命から解き放って一人の女性として幸せになってもらうために、イグセム家そのものが背負い続けるイグセムとしての根源を無為にしようと、戦争の形そのものを変えてしまうことすら画策している、というのがトルウェイの活躍と自覚を通じて明らかになってきた。つまり、この男はヤトリを解放するために、そもそも彼女の立っている土台から意味を失くしてしまおう、としているのだ。なるほど、目の前のものではなく構造そのものに働きかけようという考え方は若き大戦略家らしい視野に基づくものだし、意思の頑なさではなく在り方としてイグセムそのものであるヤトリには、彼女個人には自分たちの声や意思では在り方を変えさせることは出来ない、と長い付き合いから実感として理解していたからこそ、の手段なのだろう。
でも、相手のことを言わずとも理解し尽くしている、という通じ合った絆こそが、ヤトリとイクタの二人をひどく寄り道させ、大回りさせているような気がするのだ。そう思わせてもらうきっかけとなったのが、あのルシーカ中佐の叫びである。
正義でも大義でも信義でもなく、きっと忠誠ですらなく、ただ叶わぬ愛に殉じた彼女の峻烈な生き様、死に様が、揺らめく炎のように彼女の、ヤトリの奥底に秘められたものを陰影強く浮かび上がらせたのだ。
そう、ヤトリシノ・イグセムは女である、と。
誰よりもヤトリを知り、ヤトリを理解し、ヤトリと通じ合い、ヤトリを受け入れているイクタ。だが彼は知っているのだろうか。ヤトリの、誰にも見せたことがなく、彼女自身がきっと微塵も認識していなかっただろう、女としての部分を。どうしようもなく女でしかない中核を。
誰よりもヤトリを理解しているが故に、ヤトリと通じあっているが故に、イクタはどうしてもヤトリをまずイグセムのヤトリとして見ているような気がするのだ。だからこそ、彼は絶対に彼女に言わないのだ。告げないのだ。訴えないのだ。イグセムを捨てて、女として生きろ、などとは。自分と共に生きろ、などとは。
言ったとしても、絶対に受け入れられないと知っているから。絶対に拒否されるのだと、理解しているから。イクタ・ソロークとヤトリシノ・イグセムが知っているヤトリという少女は、イグセムとしての生き方を決して曲げない、それが真実である、事実でもある。間違いでは、ないのだ。
でも、でも、本当に? 本当に、そうなのか? そんな疑問が、ルシーカ中佐の叫びを前にして、途方にくれてしまったヤトリの姿を見て、ふと浮かんできたのである。
もし、この疑問に一雫でもイクタとヤトリの知らないヤトリの奥底の真実が含まれているのなら……きっと、イクタのやり方では指先一つの隙間くらい、届かない気がする。決定的なところに、届かない気がする。
レミオン将軍は、軍人として、国の要人として以外の言葉を息子のトルウェイに投げかけることが出来ず、彼の背を留めることがかなわなかった。父親の知らないうちに、息子は成長し遠くへと羽ばたいていた。そして、成長ではなくても、ヒトは常にその在りようを変え続けている。時に微細でありながら決定的なほどに。
将軍に苦言を呈したイクタが、果たして同じ轍を踏まないと言えるだろうか。誰よりもお互いを理解しているからこそ、陥穽が生じる隙があるのではないか。
そんな不安が、そして期待が、ヤトリの中にかいま見えた、そんなお話でありました。もしそんな展開が訪れるのなら、キープレイヤーはシャミーユ皇女なのかもしれないなあ。

さて、レミオン派が起こしたクーデターは、レミオン派自身のみならず、イグセム派、そしてイクタの想像すらもはみ出していく形で混迷を深めていく。誰も主導権をとれないまま、事態はいつの間にか宰相の手のひらの上で転がされていく。
この手の、利害調整の効かない、何に重きをなしているかが見えない相手が一番たちが悪いんだよなあ。権力の亡者や佞臣の類なら、まだやりやすいんですよ。どれだけ有能で悪辣でも、やりようはある。妥協の余地だって交渉の余地だってある。でも、自分が権力を握る国家の利益を平然と度外視して国を傾けるのも厭わないやからは、何を考えているかわからないから、対処のしようがわからないんですよね。国が傾けば、自身の権力も権勢も失われるだろうに。帝国は周辺に敵性国家を抱えていて、下手をしなくても国が滅びかねない岐路に立たされているのは、ある程度の視野を持つものならわかっていることでしょう。馬鹿だったり愚か、無能の結果として国が傾くならわかるんですけれど、この宰相の場合どうも意図して、という部分が垣間見えるんですよね。こうなると、もはや他国のスパイか何かか、とすら思えてくる。それが辛うじて理解できる範疇であって、それ以外となると……だからこそ、不気味で気持ち悪いんだよなあ。
イクタは、何らかの推論ができているんだろうか。

しかし、トルウェイが元からの有能さに加えてさらに殻を破って、名指揮官への道を歩み始めたのは見ての通りなんだけれど、それにも増してマシューの部隊掌握運用能力の高さには目を見張る。イグセムの中でも猛将として知られる烈将ヨルンザフ率いる騎馬隊の直撃くらって、部隊を崩壊させないとか、この時点で尋常じゃないですよ。あれ、よっぽどの精兵でも部隊の体を失くして壊乱しかねないし、そこまでいかなくても瞬間的には部隊として機能を停止するのが普通ですよ。トルウェイの兄ちゃんたち、トルウェイが言ってた通り有能な方だと思うし、部隊もレミオン派の精鋭であったはずなのに、ヨルンザフに打ち抜かれて悲惨な事になりましたからね。それを、マシューは被害甚大とはいえ部隊の指揮を一瞬足りとも手放さなかった、という時点でもう指揮官としてかなりヤバいです。ここまで堅牢で堅実な歩兵指揮官が手元に居る、それだけでイクタはあまたの将軍から指を咥えて羨ましがられるでしょうねえ。

イラストについては、ちょっと作風が合っていなさすぎる。これなら、無いほうがいいんじゃないかしら。

シリーズ感想

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 55   

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (5) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 5】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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未知なる戦場「海上」で手痛い敗北を喫したイクタたち、カトヴァーナ海賊軍。驚異的な破壊力を誇る「爆砲」を装備するキオカ海軍に対して、もす戦略的撤退しかないと軍議がまとまりそうになったとき、海戦に関しては門外漢のはずの、ある少年が、爆砲艦への有効な対抗策を提言するのだった―。「肉を切らせて骨を断つ」がごとき、血で血を洗う激烈な海戦が幕を開ける!話題の本格派ファンタジー戦記、待望の5巻が登場。命ギリギリの容赦ない戦いは、激しさを増すばかり…!
この男、やっぱスゴイわ。どんだけ引き出し持ってるんだよ。まさか、こんなとんでもないカードを隠し持っているとは。
正直、この作品、国のどん詰りがキツすぎてハッピーエンドが皆目見えてこない状況だったんですよね。挙句に、姫様が自爆特攻一直線モードに引きこもったまま出てこようとしていないし。
順調に功績を積み重ねて出世しているイクタたちだったけれど、如何せん任官して間もない新人という立場は無視できず、彼らが国を動かすまでに至るまではどう見積もっても十年二十年の月日が必要だったわけです。姫様を神輿にあげて横紙破りするにしても、基盤らしい基盤もないまま挑まないといけないわけで、かなりのアクロバットを見込まないと、とにかく綱渡りも良いところの危ない橋しか見当たらなかったんですよね。それに、肝心の姫様がアレですし。
そもそも、イクタが姫様についてどう考えているか、どう捉えているか、どうするつもりなのかがなかなか見えてこないものですから、ずっと不安だったのですよ。
でも、ヤトリとの会話の中から、ようやく彼の本音が聞けました。少なくとも、彼は姫様の自滅志向を良しとしていないし、彼女の心の暗闇を払ってあげたいと思っている。それさえ確かめられれば十分です。彼に、ヤトリや仲間たちを裏切る気がなく、姫様をちゃんと立ち直らせようという意思があるのなら、もう何も怖いものなんてありません。こいつがやる気なら、もうなんだって出来るに決まってるんだから。
そして何より、イクタにヤトリの道を遮るつもりがないのなら、ヤトリが思う通りの道を歩けるように何でもする気があるのなら、彼はどんなに困難な道でも切り開いてみせるでしょう。ヤトリのためならば、この男に出来ない事はないのですから。
不安要素があるとするなら、自滅志向よりもむしろ妬心を拗らせつつある姫様か。
ともあれ、国を滅ぼすどころか、この腐りつつある国そのものを一発逆転で蘇らせることの出来る可能性を引き寄せるだけの、とんでもないカードをイクタは隠し持っていて、内戦の危機が迫ったこの時を持ってついにその
カードを切ったのです。正直言って、度肝を抜かれました。とんでもない、ほんまとんでもないわ、この男。

とまあ、ヤトリとイクタの絆の深さやイクタの底知れなさを思い知らされた後半に色々と持って行かれた気もしますが、前半戦の帆船同士の大海戦も負けず劣らず手に汗握る熾烈すぎる攻防でした。ってか、イクタのあの作戦案はマジスゴイわ。帆船同士の海戦、しかも長距離で撃ちあう砲戦が主流となる時代への過渡期特有の虚を突く、実に論理的で才気煥発の極みとも言うべきこの着眼点。この仰角の問題は、砲戦が主流となってくると常識となる基本問題であり、風上では仰角をあげられずに砲戦距離を稼げず、風下では仰角があがってしまい舷側も晒して喫水線下にも被害を受けやすくなる、などいった問題は最初から踏まえた上で戦術が仕立てられるようになるのだけれど、イクタがスゴイのは敵将も絶句しているように、一度交戦しただけでこれらのまだ大砲を使用している側も認識していない問題点を汲み取った上で、戦術に組み込んじゃってる所なんですよね。速い、速すぎるよ。
敵将の姐さんが、お世辞抜きに有能な提督だっただけに、その彼女をねじ伏せるに至ったイクタの作戦と、海賊軍の力量には敬服するしかありませんでした。これぞ、見応えのある合戦だわ。
でも、今回の物語としてのMVPはやっぱりマシューでしょう。この子の地に足の着いた実直な能力と精神性は、ほんと頼もしい。派手さはないけれど、相手からは嫌がられる将軍になりますよ、彼は。小隊から万を超す大軍団まで、変わらず実直に率いてくれそうだ。ヤトリとトルウェイの飛車角っぷりが目立つけれど、マシューは歩と金将をまとめて担ってくれそうな役柄だよなあ。ちなみに、副官のスーヤも今は下士官だけれど、今の調子でイクタの側で勉強してたら、将官くらいなりそうな感じだよなあ、これ。
ともあれ、マシューとポルミンはこれ、お似合いだと思うぞ。

とまあ、順調に周囲に人材が揃い育ってきたように見えてたんだけれど……ハロがまさかなあ。これはさすがにイクタも把握してないだろ。

毎度ながら、此処ぞという時の展開が予想を裏切って面白すぎますよ。ハッピーエンドの目算も出てきたし、テンションあがってきましたぞ。

シリーズ感想

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 44   

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (4) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 4】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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北域での過酷な戦争を生きぬき、多くの犠牲を払いながらも生還したイクタたちを待っていたのは、厳正なる軍事裁判だった。そして裁判のあとに開かれた軍議で、サザルーフは、イグセム元帥やレミオン大将といった高官たちに、ある突飛な要請を提案する。実はそれは、密かにイクタから託されたもので―。やがて帝国騎士の少年少女たちは、複雑な内政問題や激しい海戦に巻き込まれていくことになる…。話題沸騰の本格ファンタジー戦記、第4巻。これまでとは異なる戦いに立ち向かうイクタたち。その奮闘に注目せよ!!
なるほどなあ、なぜシャミーユ皇女が自らの手で帝国を改革しようとせず、わざと敗戦を誘因して国のありようを変えよう、なんていう他力本願で売国奴な方法を選ぼうとしているのか以前から疑問に思っていたのだけれど、どうして彼女がそういう考えに至ったかについてようやく理解が及んだ気がする。
前から自分はシャミーユの自分が泥を被らず血を流さず手を汚さず、他人任せで挙句に故国を敗残させようなんていう無責任な考えが気に入らなかったんですよね。さらには、それをイクタにまで押し付け彼に国や友人達を裏切らせようという行動が。
自分が先頭に立ち、障害は血の粛清を持ってしてでも打ち崩し、悪名を被ってでも自分の手で国を変えるんだ、という気概もないくせに、イクタを引っ張り込み、国家の敗戦という悪夢を招き入れようだなんて……と。なんというか、覚悟が感じられなかったんですよね。彼女の見せる覚悟には、自分はどうなってもいい、という覚悟はあっても、自分が責任をもって何とかしてやる、という負うべきものを背負う覚悟が感じられなかった。故にそこには壮絶であり悲壮ながら、軽薄であり無責任に感じられたのです。
……なるほどなあ、シャミーユ皇女にとって、皇族という立場はもう義務や責任を感じて背負うものではなく、存在が害悪そのものであり、消し去ってしまいたい悪であり、在ってはならない無価値なものだったのか。その絶望にはシャミーユ皇女自身も含まれていて、彼女自身が先頭に立って国を変えたり、未来を作る責任を負うなんて許されないと思っているようにすら見える。
この国を救うには、自分が変えるのではなく、自分が壊すことすらもおこがましく、ただ自らもまとめて今の体制を滅ぼし去ってしまわないといけないのだ、と。
なんちゅう、後ろ向きな……。いや、それならシャミーユの考え方もまあわかるんですよ。彼女が他力本願の他人任せなのではなくて、自分は責任を負ってはいけない許されざる存在なのだ、と思っているのなら。
でもそうなると、シャミーユの考えどおりに物事が進んだら、確実に誰も幸せになれないバッドエンドです。シャミーユは解放されても救われない。どうも若干その思想は誘導された節もなくはないですし。
となると、未だにイクタが返答を保留しているのも、見通しが変わってくるんじゃないでしょうか。どうやら、マイナスサイドに触れてしまっているシャミーユには、その分変化の余地がありそうですし。
とはいえ、じゃあどうやって国を変えるか、なんですよね。いや、この場合はどんな形に国を変えるか、のビジョンの問題か。この帝国、いびつなことに皇族貴族の腐敗、政府や社会体制の矯正しがたい歪みに対して、意外と軍そのものはまだ健全さを維持してるっぽい。どうやら国民の側も、軍に対しては信頼を寄せているようですし、現状曲がりなりにも国家が機能しているのは、軍部が各所で不具合のフォローに回っているからのようなんですよね。ただこれは、ほんとにいびつな状態で……こっからどうやったら健全な国家体制を再構築していけるのかが、ほんと難しそうなんですよ。この状態、放っておいても「志の高い軍人」が軍事クーデターを起こして軍事政権が誕生する、という歴史的パターンだし……と、思ったらどうやらその兆候がくっきり本編でも出てました。
これ、どう見てもクーデター自体が潰されるパターンなんですが、仮に成功したとしてもやっぱり軍主導の国家運営は上手くいかないんですよ。もうちょっと文明レベルが古かったらどうにかなったのかもしれないですけれど、帝国軍を見ると過渡期とはいえ軍のシステムがかなり近現代に入っちゃってるんですよね。名門の貴族が主導しているとはいえ、各々が勢力を持つ軍閥的なものからはだいぶ脱却しつつある軍組織では、組織としての完成度が高まっている分、専門外であり超法規措置となる国の運営は非常に難しい。どこかで絶対ほころびが生まれ、破綻してくる。かといって、貴族勢力が主導的立場になるのはもう時代遅れ。逆に民が主導するには民度が育っていない。なるほどなあ、ほんとにこれ、時代が移り変わる過渡期だわ。18〜19世紀の欧州や明治維新当時の日本なんかから連想しても、中世から近代への社会体制の変革は激動を伴うと言っていい。
既に先進的な社会システムが確立されている隣国から、ゆるやかに制御された敗北を受け入れることで変革を進めようというシャミーユの考え方は、あながち的外れではないのがまた困る。でも、ポーランドとかみたいになったら悲惨だよ。負ければ、国そのものがバラバラにされてなくなってしまう可能性だってあるんだから。
となると、若くて家柄が高いメンバーが居て全員に実績と名声と実力と志があり、しかし軍人としての地位はまだ高くなく閥を持たず軍という組織そのものへの帰属意識がまだ少ない、というイクタたちの「騎士団」が、シャミーユを神輿に立てて改革を主導していく、という流れは悪くないんですよね。
条件そのものは揃っている、と言ってもいい。黙ってうまく操られてくれる派閥に属さない上官が上に居てくれている、というのも最適だし。今回、マシューが海軍の名家の子となんかいい雰囲気になっているのも、若者たちの純情という微笑ましい観点を抜きにしてみると、人脈グループの拡大としてかなり大きな要素として機能しそうなんですよね。あとは、どうやって軍事政権という形にならないようにするか。最終的に、立憲君主制への移行が一番優良な形になるんでしょうけれど、つまるところシャミーユとイクタ次第になるんだろうなあ、このあたりは。つまるところ、これを敗戦によって他国の圧力とコントロールの元で虐げられ利用されながらやるか、自分たちで屍山血河を作り出しながらやるか。繰り返すけれど、こうして振り返ってみると条件は思っていた以上に整いつつある気がします。
もっとも、当事者であるシャミーユとイクタ以外は、目の前の戦争で自分のなすべきことを成そうとするだけで精一杯。ある意味、とても健全な成長を遂げている真っ最中です。特に、マシューは他の子たちと比べても特に能力が秀でているわけではない秀才タイプなだけに、その意識の高さには敬意すら覚える。もっと劣等感に苛まれてもいいでしょうに、自分で思っている以上に僻みなく上をむいていると思うんですよね、この子は。戦列艦の老艦長がマシューの資質についてはしっかりと見抜いてくれていましたけれど、彼の歪みや淀みのない程よい劣等感を糧にした向上心は、清々しいばかりです。彼の良さについてはむしろ仲間たちの方がわかっているようで、イクタたちの素直な賞賛と尊敬の念がマシューを歪ませずに真っ直ぐに鍛え上げている、と思えば、ほんとにいい仲間関係なんだな、と思えるんですよね、この子たちは。
海軍の初陣で大失敗をやらかしてしまった女の子をフォローしにいったのが、一番イビられていたマシューだというのも、なんかピッタリでした。あの彼女の自分の不甲斐なさ、無能さ、情けなさに打ちのめされ傷ついた心に何の負担も与えずに触れたのは、マシューがまさに適任でしたでしょうし。あれは、フラグ立ったよなあ。
一方で、鉄板的揺るがなさを改めて印象付けられたのが、イクタとヤトリの関係でしょう。あんな凄まじいシーン見せられたら、姫様もへこむどころじゃないわなあ。うん、あのイクタがヤトリの衣装を褒めたシーンは、凄まじいと言っていいと思う。逆にこの二人の信頼関係って凄まじすぎて、敵対しても裏切ってすらも揺るがなそうで怖いんですよね。その揺るがなさは、どんな状況になっても躊躇を呼ばないでしょう。信頼するがゆえに、入る隙間がないほど一心同体であるがゆえに、相手を思って躊躇うなんてことなく殺せるし裏切れる気がするんですよね。前巻でヤトリ自身も言ってますけれど、そうすることで自分の心が死ぬことを厭わなければ、躊躇うことはないのでしょう、二人共。そして、自分の生きざまを全うするのに、二人は自分の心が死ぬことなど厭わないはず。むしろ、他の仲間を裏切ったり手にかけたりする際の方が苦しみ悩みためらって決断し切れない可能性があるんじゃないかと思うくらいに。引き金は、決して重くないような気がするのが怖いんですよねえ。
今回は、次の本番である戦争が起こる前の準備編、という形でしたけれど、皇女の苦悩や帝国の体制の現状、今後の展望など考えさせられるシーンも多くて、変わらず歯ごたえのある内容でした。いやあ、厚みがあってホント面白いわ、これ。


1巻 2巻 3巻感想

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 3 5   

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (3) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 3】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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大アラファトラ山脈でアルデラ神軍の大軍と向かい合う、疲労困憊の帝国軍。勝ち目の見えない状況で、イクタは起死回生の奇抜な作戦を決行する!そしてかたや、帝国軍を攻めるアルデラ神軍の中に、ひときわ目を引く一人の軍人がいた。彼こそ、『不眠の輝将』と讃えられる英才。強敵としてイクタの前に立ちはだかる男であった―。不世出の二人が激突し、大森林を舞台に、息詰まる戦いが繰り広げられる。果たして、その結末は…!?話題の本格派ファンタジー戦記、ますます盛り上がる第3巻の登場。
いきなり主人公の指詰めから始まるとか、初っ端から衝撃的すぎる。でも、そこまでやらないと、たとえイクタとナナの間に幼少からの面識があったというアドバンテージがあったとしても、上っ面の言葉だけじゃ信頼なんか勝ち取れないということなのか。そりゃそうだ、今の今まで殺しあっていた間柄ですし、それは個人個人の問題ではなく国と民族の問題なのですから。ナナが族長の立場にあるからこそ、彼女個人の感情ではどうしようもならないこともある。その意味では、イクタは自分の小指を証とし、信頼の担保にしたとも言える。さらには民族浄化に発展しかかっていた帝国とシナーク族の問題を、この土壇場でアルデラ神軍の侵攻も逆に利用して、冷静な損得勘定に基づく組織間の関係へと引き戻すことにも辛うじて成功してるんですよね。勿論、末端の感情は収まらないものがあるでしょうし、その発露がスーヤの激発だったのでしょう。主要登場人物の殆どが一応、士官以上のつまり戦場を動かす責任ある立場にあるだけに、安易に自分の感情をぶちまけられないなかで、スーヤの存在は下士官以下の戦争に翻弄される人たちの声を代弁する役割を与えられている気がする。何気に重要人物ですよね、彼女の目線というものは今後イクタの立場がどんどん変わっていく中でも、一貫して一つの基準になり続けるような気がします。

アルデラ神軍による戦略的奇襲により、消耗しきった帝国軍は支配地域への生還そのものを目的として行動することに。その為には、誰かが後に残って神軍の侵攻を食い止めなければならない。いわゆる殿軍、絶望的な戦力差の中で主力が逃げ切るまで遅延戦闘を行わなければならなくなったイクタたち……いや、自ら志願したイクタたち。状況、戦力、指揮官の問題から自分たちが引き受けなければ文字通り主力が壊滅してしまう、という目算があったからこそ、だけれど……うーんうーん、いやさあ、どう見てもイクタが「常怠」なんて銘を与えられてしまうほど怠け者には見えないですよ。これだけ走り回って働きまわってる人を怠け者呼ばわりしたら、どれだけ働けば働き者と呼んでもらえるようになるんだ、て話ですよね。それこそ、敵将みたいに不眠不休で働き続けなきゃいけないのか。
あれは、完全に過労死パターンだよなあ。過労死なめちゃあいけません。例えば三国志なんかでも、明らかに働きすぎが原因で死んでそうな人が結構居ますからねえ。
その点、イクタはメリハリをうまくつけている方なんだけれど、そもそも余裕が無いこの遅延戦ではイクタ本人は殆ど休んでいないし、休養すら政治的パフォーマンスとして利用してますからねえ、とても怠けているという印象は感じられないんだよなあ。いや、この場合はそのイクタをしてこれほど怠けられずに不休で動きまわらないといけないほど戦況が極まっていた、と捉えるべきなのか。
更に言うと、相手となった『不眠の輝将』ジャンがイクタに匹敵する名将だっただけに、それに対応できるのがイクタだけだった、ということもあるのでしょう。大体、アルデラ神軍の総大将についても宗教国家の大将としては酸いも甘いも噛み分ける良将でしたし、その配下。ジャンの直属の部下たちにしても有能な人物ばかりで、帝国軍の惨憺たる有様ととても比べられたもんじゃないんですよね。その上、特殊部隊まで出張ってきてるんだからなあ……。
マシューとハロをその安全を慮って下げなかったのは、勝敗の分かれ目ですらあったかもしれません。この二人も、代わりの居ない人材ではなかったか、と。それから、大尉が別働隊の迎撃を受け持ったのもターニング・ポイントだわなあ。少なくともこの二回は、イクタも判断を間違えかけてるのです。ここで、イクタの指示通りにしていたら、戦線は突破壊乱され、文字通りこのお話はここで終わっていたはず。その意味では、イクタもマシューとハロ、そしてサザルーフ大尉に救われてるんですよね。
決して、イクタのワンマンで戦いが進んだわけじゃない。
それどころか、マシューが実感とともにこぼしていたように、これまでの戦いではイクタの言うとおりにしていたら楽に勝てていたところが、一転この戦いではマシューたちも常に死を意識させられる血と泥にまみれた断崖絶壁の縁をギリギリ歩くような、凄まじいまでの激戦、苦戦の連続で、彼らは文字通りの死線を渡ることになる。イクタが全知全能を揮ってすら、味方はくしけずるように消耗していき、兵士たちは傷つき死んでいく。
そういった、瀬戸際の戦いだったわけだ。
それでも、イクタの指揮官としての能力があってこそ、戦い抜けたわけだけれど。
後ろの安全地帯で将棋を指すように駒を動かし合うのではなく、自らも渦中にあって血を浴び泥を被りながら、最前線に立って剣を振るい、銃を手にし、兵士たちを叱咤しながら、しかし誇りにまみれた姿で自らをも駒として、自分が立つ場所を戦局の舞台として、敵将と手を読み合い、手を打っていく。一歩間違えれば味方が死に、二歩間違えれば仲間が死に、三歩間違えれば自らも死んで何もかも失う。
凄絶としか言いようの無い、刃の上を歩くかのような死の予感が途切れない、終わりが見えない戦い。永遠のような7日間。
読んでいるこっちまで消耗し尽くすような、死戦でした。

そんな心が削れていくような戦いの中で、一際輝いて……いや、尊く神聖にすら見えたのがイクタとヤトリの関係でした。ヒロインという括りですら卑小に見える、決して余人が安易に触れてはいけないような信頼関係。いや、信頼と呼称してもまだ足りない気がする。恋愛という意味では、二人共他に誰か付き合う相手が出来るかもしれない。ナナの恋心が実ればいいな、とすら思える。でも、魂の繋がりという意味でこの二人に割って入ることは誰にもできないだろう。神聖にして不可侵、そう言っても過言ではないくらい、お互いに対する思いは深く強い。
だからこそ、この二人の魂の繋がりを引き裂くような人がいれば、自分はそれに対して想像するだけで激烈な怒りを感じてしまう。イクタにヤトリの心を殺させるような真似を、ヤトリにイクタを殺させるような真似をさせようという者がいるならば、それは絶対に許せない。絶対に許せない。願わくば、二人の尊い約束が穢されない事を祈ります。それは、きっとどんな悲劇よりも悲痛で救われない結末だと思うから。

今後、とりあえず一番大変な目に合いそうなのが、サザルーフ大尉っぽいのがご愁傷様。この人が一番今回の生死判定際どかったような気がするんですが、生き残ったら生き残ったでむしろここで死んでた方が良かったんじゃ、と思うような目に合いそうなのが哀愁を誘います。ただ、この人こそ上に立つ人としてはイクタすらよりも適任に思えるだけに、今のまま偉くなってほしいなあ。

1巻 2巻感想

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 24   

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンII (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 2】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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実戦経験を積むため、北域へと遠征することになる帝国騎士イクタたち。目指すは、カトヴァーナ帝国九百年の歴史において、一度も外敵の侵入を許したことのない大アラファトラ山脈に守られた軍事拠点、北域鎮台。野盗の相手と山岳民族「シナーク族」の監視以外は総じて暇だと噂される、帝国最北の基地だった。しかし、どこか訓練気分の彼らを待ち受けていたものは、想像以上に過酷で壮絶な―そう、本物の戦場だった…。
本物の戦争にロマンなど存在しない。あるのはただただ反吐に似た現実だけだ。敵も味方も武器を持たない一般市民も等しく無残に死んでいく。そこに、人格は問われない。どれほど人間的に優れていようと、将来有望な才能を秘めていようと、死は平等に訪れる。否や、むしろ死は恐ろしく不平等に訪れているのかもしれない。運を持たないが故に死ぬ。権力を持たないから死ぬ。才能を持たないから死ぬ。無能だから死ぬ。判断が遅れたから死ぬ。
そんな理不尽の死の責任はどこに帰するのか、というのなら、それはこの戦いを主導した無能なる司令官のせいだろう。引いては、シナーク族に決起を決意させるほどの圧政を敷いたこの司令官の二重の責任でもある。だが、この司令官を北域に派遣し彼のやり方を黙認していたのは帝国本国だ。そもそも内政官を派遣せずに専門外の軍人に施政を任せた帝国の政治システム、共和国の反乱教唆に何の対策も取れなかった防諜体制の不備こそが事態を致命的な段階まで推し進め、山岳民族を弾圧しても構わない差別スべき劣等人種と見て疑わなかった帝国側の一般的な認識こそが今回の内乱の決定的な原因だったと言えるだろう。北域鎮台の事実上の実権を握っていたトァック少佐は、平時の軍隊を運営する手腕は間違いなく優秀でした。人間的にも非常にまともな部類でした。その彼をして、司令官のシナーク族への圧政を許容範囲のものとして黙認していた。この程度なら、まあ仕方がない、と。……良識を持つ彼をしてこれである。そんな彼の認識こそが、異民族相手の統治のやり方を知らない素人の、引いては一般的な帝国人の認識だった、と言って間違いはないはず。ハルグンスカ准尉のような騎士道精神の持ち主は稀有な例外と言っていい。
詰まるところ、皇女殿下が負けてでも、いや負けないと変えられない、と考えている帝国という国そのものが抱える病巣の根源とも言うべきところは、こういう部分なのでしょう。
そして、それを変えるために負ける、と言うことは変えるべき病巣に捕らわれていないハルグンスカ准尉や旧弊から自力で蒙を啓く英邁さを持ったカンナのような人物をも等しく、並べて、殺していくということでもある。戦争において、死んでいく存在を綺麗に選り分けることなど不可能なのだ。ましてや、勝利ではなく敗北においてなど。
この愚劣なる戦いは、現在の帝国の愚かしさの縮図であると同時にまた皇女殿下が歩こうとしている血塗られた道の縮図でもある。皇女殿下は、イクタを覚悟ができていないと罵るが、そんなもの当然だ。覚悟など、出来ようものか。それは、守るべき人達を、戦友たちを、民たちを、無力故に守れなかったというのではなく敢えて守らず見殺しにするのと同意なのだから。どれほど被害を最小に抑えようとしても、どこかで見殺しにしなければならない部分は必ず出てくる。勝つために、味方の被害を減らすために、そうした切り捨てる決断は必要不可欠なものだ。今回だってイクタはそれを実践している。しかし、それを負けるという目的で出来るのか? この戦いで、切り捨てた中に大切なものを含めてしまい、痛切にそうせざるを得なかった自らの足りなさを悔いるイクタに、それが出来るのか? 本物の戦争も、本物の敗北も知らない皇女殿下の覚悟とやらを、果たして信じられるのか? 結局、彼女は自ら手を汚す覚悟、敵に殺させる覚悟ではなく自ら殺す覚悟がないだけじゃないのだろうか。壊したいのなら、誰かに壊してもらうのではなく、自ら壊すのが筋ではないか。たとえ、後世に暴君の汚名を残そうが、人任せにするのと比べて果たしてどちらが誠実か、義務を果たしているというべきか。
正直、この戦いにおいて常に最善を尽くそうとしているイタクを見ていると、とてもじゃないけれど皇女の企みに乗るとは思えないし、彼女が言っている事がどれだけ戦争の現実を見ていない生っちょろい妄言かをこれでもかと見せつけられている気分である。
自分としては、イクタがどうやっても勝てない戦争をソフトランディングさせるために辣腕を振るう、くらいしかちょっとやりようが考えられないんですよねえ。勝てる戦いをわざと負ける、みたいなことを意思を持って出来るとは思えないし……やって欲しくはないなあ、そんな酷いこと。

にしてもまあ、よくここまでやったものだと感服する。戦争モノ、戦記モノの中でもライトノベルという枠組みの中で、これほど華のないひたすら劣悪な戦争を描いたものだ。これを英雄譚などとは口が裂けても語れないだろう。そこには、目を爛々と光らせる泥にまみれた軍人たちが居るだけだ。
しかし、英雄は作られる。
恐らく、この戦いを通じてイクタたちは飛躍的に出世するだろう。軒並み部隊を率いる士官クラスが歯抜けていく戦いで、篩から落とされずに残った上に優秀さを示し、さらに既に帝国騎士という名望を持っている彼らは必然的に英雄として扱われていくに違いない。思いの外早く、彼らは昇進の道を駆け上がっていく。それは、上の無能さに左右されず自らの力で助けられる範囲が広がっていく、ということでもあるが、同時に旧弊さの不具合に絡めとられ為すべき自由を失っていくという事でもある。
もっとも、そんな心配をする前にまず本国に無事に戻れるか、という話になっているのだが。宮崎繁三郎中将ばりの活躍が要求されるぞ、これ。

1巻感想

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 4   

天鏡のアルデラミン―ねじ巻き精霊戦記 (電撃文庫 う 4-4)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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のちに名将と呼ばれる少年──。
その半生を描く壮大な架空戦記


 隣接するキオカ共和国と戦争状態にある大国、カトヴァーナ帝国。その一角に、とある事情で嫌々、高等士官試験を受験しようとしている、一人の少年がいた。彼の名はイクタ。
 戦争嫌いで怠け者で女好き。そんなイクタが、のちに名将とまで呼ばれる軍人になろうとは、誰も予想していなかった……。
 戦乱渦巻く世界を、卓越した才で生き抜くイクタ。その波瀾万丈の半生を描く、壮大なファンタジー戦記、いよいよ開幕!
凄いの来たぞ、これ。
いかな電撃文庫とは言え、ここまでガチな戦記ものは早々見当たらないはず。一応これ、ファンタジー戦記にはなってますけれど、読んだ感触からして戦術論がなんちゃって架空戦記のレベルじゃないんですよね。まだ本格的な戦闘は行われておらず、メインは模擬戦闘なんですがこれが凄い正道に則ってるんですよ。
この戦闘シーンで敵を手玉に取るイクタの作戦は、一件破天荒で奇想天外に見えますけれど、その作戦内容を詳らかに解体していくと、いっそ質実剛健と言っていいほど戦術論の基本原則に則っている。勿論、作戦目標を達成するためのひとつひとつの手段には柔軟な発想と自由かつ大胆な応用力が活用されているのですけれど、大元の部分を見るといっそ教科書的と言っていいくらい。決してこれ、奇策や常道から外れた戦術じゃないんですよ。この主人公のイクタの口癖が「それは科学的じゃないね」なのですが、まさに合理主義の権化みたいな、思いつきの行き当たりばったりじゃなく体系化された戦闘教義なのです。
ライトノベルの戦記モノでは、それこそ知将謀将名軍師に辣腕参謀、と知略戦に長けていると標榜したキャラがたくさん出てきますけれど、それらって大概、敵の心理を読み取った上での作戦指揮が大半で、実の所合理的な原則論に基づく教科書―教範に記されているような基本的な作戦立案、部隊指揮、部隊運用などについてはなあなあで済ましたり、蔑ろにされがちなんですよね。
その点、このイクタは土台からして違いすぎる。こいつ、マジでガチです。というか、作品自体が戦闘描写からしてこれファンタジー戦記よりも相当にミリタリー戦記色が強烈なのを鑑みると、作者さん本物の戦闘教範とか近代以降の軍事学書を結構読み込んだ上で書いているとしか思えないんですよね。
「一般方向」なんて軍事用語がさらっと出てくるとか、おかしいもん。
それ以外にも、戦術論のみならず、部隊運用や指揮官の心構えや思考の置き方、方向性なんかが近代以降の軍隊のそれ、なんですよ。
参ったね、今時ここまでガチでやってるのって【榊版ガンパレ】か神野オキナさんの【疾走れ、撃て】くらいなんじゃないだろうか。これらが現代を舞台にしたミリタリーものだというのを鑑みれば、ファンタジー戦記でこれだけミリタリー色濃く書いているのはそれこそあの【皇国の守護者】くらいしか思いつかない。
驚かされたのが、同じ作者が書いてた最初のシリーズ【神と奴隷の誕生構文】は、同じファンタジーにSF色も交えた戦記モノだったんですけれど、決してこんな「ガチ」の戦記ものじゃなくて、むしろ雰囲気任せのそれだったんですよね。あれはあれで面白かったし、続きが出ないのは残念なんですが……いや、化けた化けた。
考えてみると、このイタクという主人公、ゼークト将軍が語ったとされる有名な組織論「有能な怠け者は前線指揮官に」というそれにピッタリ当てはまる。それこそ、彼自身が楽をして怠ける為の努力を怠らない、と公言するまんまなキャラだ。実際、彼は怠け者ではあっても無気力な人間とは程遠い熱量を秘めている。必要なことを最低限必要なだけして後は何もしない、誰かにせっつかれないと動かない、という人じゃないんですよね。思いの外、ちょこまかと動いているし、いざとなると激情を抑えない。口上上手の演説好き。得意分野に関しては他人に語って論じることを好み、有象無象を煽り立てる扇動家の資質も多分に有している、という点を考えみても、有能な怠け者ではとみに有名な【銀河英雄伝説】のヤン・ウェンリー提督などと言った類型からは随分と外れている。
面白い、実に面白い。

そんな彼を取り巻く仲間たちも、また実に興味深いキャラクターが揃っている。士官候補生として試験を受けに行く途中に、皇女とともに遭難したのをきっかけに、五人の男女が「騎士団」として一生ものの絆を手に入れるのだけれど……それぞれが個性的であると同時に立ち位置が面白いんだよなあ。今は任官前の准士官ということで、学生気分の友達感覚なんだけれど、これが小隊ながらそれぞれに部隊を率いている場面に至ると、ちょっと印象変わるんですよね。いや、変わらないながら変わった、というべきか。なんて言うんだろう、多分この五人、時間を経ずにどんどん立場があがっていき、それぞれに大きな責任を負う立場、軍の司令官クラスになっていくと思うんだけれど、五人の距離感は変わらない気がするのです。いい話、というだけの事じゃなくて、一軍を率いる将軍クラス同士が身内感覚で繋がっているのって、いざって時の柔軟性がパない事になるんですよね。模擬戦でそれぞれ部隊を率いて動いているのを見た時、これが大隊、連隊、師団級の規模の軍勢を率いるようになったらどうなるんだろう、と想像してなんか毛穴が広がるような気持ちにさせられました。
尤も、イクタにはそんな絆を根こそぎ食いつぶすような裏切りの芽が植えられてしまったのですが。

正直言って、あれは無茶振りにも程があるw 
戦争なんてものは、勝ってなんぼです。負ければ、百年二百年の禍根が残る。負けて良かった、なんてことはまずあり得ない。勝って地獄、負けてより酷い地獄が戦争です。結果的に良に転じた部分があったとしても、差し引きで考えればとんでもないマイナスが絶対何処かで唸っている。
なればこそ、イクタに託された舵取りが、どれだけ難易度が高いシロモノか。許容される成功ラインが毛先ほどしかありゃしない。そもそも、事前に予測しなきゃいけない着地地点が正しいものかも、降りてみないとわからないときた。事前の想定なんて、どれだけ緻密な諸元を入力して計算したとしてもあてになるもんじゃないんだから。何よりこいつ、まだ任官したての実戦もまだ経ていないぺーぺー士官なんですよ? 無茶振りにも程がある!
だからこそ、こいつは史上最高の、勝つよりも難しい決着を求められた英雄になるわけだ。ここまで高い要求をされた主人公は、なかなかお目にかかれない。まったく、どこが怠け者だよ。その道は、全然「楽」なんかじゃないんだぜ?

そんな彼のパートナーというべき存在が、ヤトリという軍人少女なのですが……このヒロインも面白いよなあ。特に、イクタとの関係がまったくもって不可解で面白い。いったい、この二人どういう関係なんだろう。とてもじゃないけれど、ヒトコトじゃ言い表せない関係なんですよね。凄く以心伝心に心の内から通じていて、お互いにお互いのことを深く信頼し、信用し切っているにも関わらず、同時にドライで割り切った関係にも見える。同志であり共犯者であり姉弟のようであり素っ気ない他人同士のようであり。ただ少なくとも、一緒にいて反発したり意趣を抱いたり、ということだけは今のところ一切ないようなのです。傍にいることを、受け入れ切っている。自分を押し付けるようなこともない。ベタベタするようなことはまるで無いんだけれど、凄く信頼しあっていることだけは確信できる。
それは、彼女がむしろ女性的な感情から遠い、鋼と清流と誇りで構成された軍人の鏡みたいな人間であるという理由も多分にあるんだろうけれど……うん、もし男女の関係に発展するにしても彼女の恋愛感情というのはきっと涼風の如し、なんだろうなあ。あー、この人、好きだわ。すごい好き。かっこ良くて気持ちのいい女性って、大好き。

さあ、さあ、さあ。まさにまだ始まったばかり。シリーズは「起」の部分が立ち上がったばかり。ならばこそ、この時点での期待値の膨らみようといったら、稀に見る勢いだ。もう、楽しみで仕方ない。ワクワクが止まらない。
文字通りの期待の新シリーズ、ここからどれだけ飛躍してくれるか、想像するだけで血が滾りそうです、わはーー♪

宇野朴人作品感想
 
11月26日

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