【戦国昼寝姫、いざ参らぬ】 尼野 ゆたか/鈴ノ助  富士見L文庫

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時は乱世。昼寝を愛する公家の娘・鴻子へ、正室として嫁ぐように若殿・次郎左から声が掛かる。
「面倒だけど、ゴロゴロしていれば離縁だろう」と考えていたところ、次郎左から「我が右腕になってくれ」と命じられ、ぶったまげる鴻子。しかし、ふかふかの寝台の誘惑に、つい頷いてしまう。武家屋敷の生活では、家臣には馬鹿にされ、馬に乗れば筋肉痛で、正室としてもギクシャク。無謀にみえる嫁と軍師の二つの顔だが、実は彼女には秘策があった―?気楽に昼寝ができる世を目指し、ぐうたら戦国時代を駆け抜けろ!
これは面白い。ときは戦国。異世界ではなく、ちゃんと日本の戦国時代なのですが、主人公の鴻子の実家の公家・鷹峯家や次郎左の音浜家。地元の冬松や家臣たちも架空の人物なんですね。でも、彼らの主家は三好筑前守長慶という畿内を一時実効支配した戦国大名。冬松という架空の土地も、同じく隣地に飯丹という土地が出てくるのですがこれどう見ても伊丹なので、その近隣というと尼崎あたりのことかしら、と思って調べたら尼崎市と伊丹市の境あたりを作中でも語られている飯丹街道ならぬ伊丹街道が走ってて、富松城なる城跡があり、ここを三好長慶の勢力が押さえていた、とあるのでおそらくここがモデルで間違いないのでしょう。
というわけで、大きな大名家の話ではなく小さな小さな地方領主の物語なんですよね。いや、もうちょっと大きい土地なのかと思ってたんだけど、ほんとに小さかった。そんでもって、主君の音浜次郎左衛門は土着の国衆ではなく、三好家から派遣されてきた落下傘君主であるものだから、元の滅んだ旧主の配下だった地侍たちと、次郎左に三好家がつけてくれた家臣たちの間で微妙な軋轢があったりするわけです。しかも、次郎左衛門もどうも小姓からの出世者らしくて自分の家の郎党がいるわけでもなく、三好家からついてきてくれた家臣たちも腹心、というわけではないんですよね。彼らは、音浜家の家臣ではなく厳密に言うと三好家の家臣なわけだ。
これが、鴻子を股肱の臣として求めた最大の理由だったのではないかと。鴻子を正室として娶りながら、彼女に男装させて福田大炊介弘茂と名乗らせて仕えさせるわけである。おかげで、姫様正室と側近の二役を務めなくてはならなくなったので、全然昼寝できない羽目に。
でも、やれと言われてやるのではなくて、南蛮から取り寄せた西洋式ベッドを餌にされたり、次郎左自らが風呂焚きした風呂を褒美代わりに、とか結構次郎左ってば手を変え品を変え姫様のこと持て成しているというか、手ずから釣り上げているというか、自分の嫁さんに手をかけ労っているんですよね。
良い心がけである、と姫様も思ったのかどうなのか、結構マメに姫様働くのである。実際、姫様は過去に色々とあって智慧を絞ってあれやこれやと策を練り、人を動かすのが好きなんですよね。ぐーたら昼寝するのも、風呂でじわじわ疲れを癒やすのも好きなのですが、なんだかんだと動き回るのも好きなのじゃないかと。活発なのか引きこもりなのかよくわからない人なのです。いずれにしても、公家の姫様としては規格外なのでしょうけれど。
こうして鴻姫様こと福田大炊介は主君音浜次郎左衛門の肝いりの臣下として参画するのですが、決して天才軍師とか名宰相というような目覚ましい働きをするわけじゃないんですよ。そりゃそうです、ここは本当に小さな土地でやれることにも限界があるし、そもそも姫様はチートな能力を持っているわけでもない。ただ、小さくでも出来る範囲で自分のできることをやってみせることで、どこか行き詰まっていた現状に、家臣同士の関係に変化をもたらし、次郎左にも主君としての自覚を促していくのである。
実際、隣地の伊丹氏、じゃなかった飯丹勢と合戦になるのですが、そこでも姫様は将として参加するものの、戦術自体は結構堅くて決して奇抜な奇策で大軍を蹴散らして、みたいなことにはならず、ある意味すごく戦国時代的な立ち回りで危機を脱するのがまたいいんですよなあ。
ほんと決して派手ではなく地味とすら言える立ち回りが、むしろ堅実に戦国時代を描写していてこれがすこぶる面白いんですよね。何年か前にやっていた大河ドラマ「おんな城主直虎」を思い出してしまいました。あれも、戦国大名のせめぎ合う狭間で生き残りを図る小さな領地の国衆の生き様が舞台でしたもんねえ。
何だかんだと、冬松勢の幹部である武将たち、みんな一癖あるものの優秀なんですよ。微妙な軋轢があった、というもののこれが微妙な軋轢で済んでいた、というのが彼らの分別を物語っていて胸襟を開けて打ち解けてみると、みんな物の通りがわかる信頼できる人物ばかりだったんですよね。これ、姫様以上に次郎左にとっての幸いなんだよなあ。自分の一族郎党がいない次郎左は本来もっと孤立しててもおかしくないのですけれど、三好家から派遣された者たちも元からこの土地の侍だったものたちもちゃんと次郎左を主君としてもり立てていく気概を持っていてくれたのですから。それをうまいこと繋いで表に引っ張り出してみせたことこそ、姫様の功績だったのでしょうけれど。
これ、今の所姫様正体隠して臣下たちと付き合っているけれど、ある程度以上実績積んで信頼を得たらいつまでも正体隠しているつもりが姫様にも次郎左にもないので、これ話が続いたら正体バレのときが実に楽しみだったりする。
なんで次郎左が昼寝姫を正室として求め、何より自分の右腕として求めたのか、については姫様が気づいていないけれど、さらっと語られはするんですよね。ただ、もう少し彼が姫様に惚れ込んだ話については掘り下げた描写があってほしかったかも。
でも、姫様が主さまのことを次郎左次郎左と呼び捨てにする距離感の近さとか、働いた姫様を次郎左がせっせと風呂炊いて世話しているあたりが、まだちゃんとした夫婦生活送ってないのだけれど、いい雰囲気醸し出してるのであります。特に風呂入っているときのくつろいだ会話なんかは、姫様も次郎左のこと結構気に入ってるよなあ、というのが伝わってきてニマニマさせられたり。
ラストの猫将軍のくだりはほんと吹いた。次郎左、ちょっと可愛すぎないですか? それを目撃してしまった監物と木工助の反応が主君への親愛にあふれていて、あれは実によい幕引きでありました。
これは、姫様の正体バレも含めて色々と先が楽しみすぎるので、シリーズ続いてほしいなあ。