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文倉十

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 V ★★★☆   



【新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 V】 支倉 凍砂/文倉 十  電撃文庫

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神をも畏れぬ女商人エーブの謀略を見事に退け、王国と教会による戦争の危機を回避したコルとミューリ。騒動も落ち着く頃、コルは自らを慕ってくれるミューリとの関係をはっきりさせなければとあれこれ知恵をひねり、ある方法を思いつく。そして調べもののため、かつて訪れたブロンデル修道院を目指す道中、コルとミューリは行き倒れの少年ローズと出くわすことに。彼はミューリの尻尾が飛び出るほど高名な聖クルザ騎士団の見習い騎士で、世界最強の騎士団が、悪名高い“薄明の枢機卿”のせいで壊滅状態だと訴えてきて―!?一時の休暇のはずが、またしても大事件勃発のシリーズ第5弾!

おおっ、黄金羊のハスキンズ翁、久々の登場である。ウィンフィール王国が舞台になれば、また再登場あるかな、と思ってはいましたけれどこのタイミングで、という事になりましたか。
ロレンスとホロ相手には塩対応、とまではいかなくても峻厳でどこか動かぬ岩を相手にしているような相対し方をしていた印象のある羊のお爺さん。ホロですら強く出られず、耳を伏せていたイメージがあるもんなあ。それだけに、コルとミューリの年少組がこの寡黙で厳しい老人とお話するのは辛いんじゃないか、と思っていたら……あれあれ? なんだかミューリには対応が柔らかいぞ? というか、ダダ甘だぞ? 羊爺さん、デレてますか? ミューリのこと、孫感覚ですか!?
ハスキンズさん、生意気と称したホロと比べてそりゃあミューリは可愛げの塊みたいな娘で、最初こそビビってたもののすぐに懐いてわりと遠慮なく無邪気に接してくるものだから、お爺さんちょっと嬉しそうなんですけど。
まあ爺馬鹿というだけではなく、ロレンスとホロの行く末がミューリという物証付きでハッピーエンド継続中という形で収まった事が、本当に嬉しかったからというのも大きいのだろうけれど。あの頃はまだホロは厭世的な部分があって、ロレンスと添い遂げようと決心ついてなかった頃なんじゃなかったっけか。だから、ホロの先行きをハスキンズ翁は決して楽観はしてなかったと思うんですよね。それがこうしてミューリがあの時ロレンスにくっついていた子供コルとともに自分を訪ねてきてくれた。
ハスキンズ翁がこうして本音語ってくれるとは予想外だったのですが、ホロたちが訪ねてきた事も彼にとってはとても嬉しいことだったそうで、あれで百年まだ頑張れる気力を得た、と言ってるくらいですから、ミューリたちの来訪はさらに百年重ねられたんじゃないだろうか。

さて、ミューリとの間に確かな絆を形であらわすために、二人だけで使う紋章を定めようと決めたコルとミューリ。兄妹というには実際には血が繋がらず、しかし聖職者になるために結婚はできない。しかし、今更離れることは能わず、きっと死ぬ時は一緒と信じられるほどに共に有り続けたいと願った二人。その思いを確かなものとするための紋章だったのだけれど、逆にその紋章を二人だけで使うためには、二人の関係をはっきりしたものにしなくてはならない、という事実が発覚してしまう。
そう言えば、ホロとロレンスも随分と長い間お互いの関係についてウダウダやってたなあ、とふと思い出してしまった。エルサにお互い好きなのになにウダウダやってんの! と一喝されて色々と関係が一新されたんですよねえ。
ミューリとコルの場合はまたホロとロレンスのときとは事情が違うので何とも言えませんけど。コル個人の信条の問題ですし。それでも、ミューリの求愛に応えれば即座に全部解決じゃん、と思ってしまうのも否めません。
最後に改めてコルってば、ミューリとの新しい関係について見出していましたけれど、さすがにちょっとそれしっくり来ませんよ? ミューリが騎士、というのもねえ。足元が疎かでふわふわしているコルの代わりに、足元に注意し迂闊を指摘しナニカにぶつからないように手を引いて歩くミューリを騎士と呼ぶのは、さて……微妙に色々と丸投げして頼り切りになると言ってるようなものな気がしてきたぞ。まだ兄妹であった方が兄として威厳があったようなw ミューリはこれはこれでご満悦かもしれませんが。

月を狩る熊の謎についても、ミューリによって新たな見解のアプローチが。新大陸に消えた、という話になっていたけれど、そういえばそうなんですよね。前から漠然と感じてはいたんですよ。人ならざる者、ホロたちのような獣の神たちの間では月を狩る熊はまさに魔王さながら、有名なんてものじゃないのに、人間たちの間であの熊の話って一度も持ち上がった事なかったんですよね。伝承ですらほとんど語られていない。ホロにしてもハスキンズにしても、古きものは何かしら伝承を残しているのに、一番有名になりそうな熊についてはあんまり聞かないなあ、と思った事がそう言えば狼と香辛料を読んでいる時にあった気がします。
まさか、そういう方向にアプローチしてくるとは予想外でした。これ、地味にコルにはショックな仮説だよなあ。
いやでも、コルにとって神とは実体のある存在として受け止めているわけではありませんし、彼の信仰の在り方を見れば、発端なんて究極的には気にしてもしょうがないもの、として割り切れる範疇なのかも。でもそうなってくると、教義とかにそこまで拘る必要もなくなってくるよなあ。

コル、すなわち薄明の枢機卿の活躍によって、ウィンフィール王国内で旧来の教会勢力が劣勢となってしまった、その余波でウィンフィール王国からの寄付で運営されていた教皇直属の聖クルザ騎士団、その中のウィンフィール分隊が存続の危機に立たされてしまう。
まさに、コルの影響によるもので、良かれと思ってやっていることでもどうしてもしわ寄せというのはどこかで出てきてしまうという事なんですね。誰が悪いというわけでもなく、しかしその道理をなかなか受け止められる人間は少ないわけで。でも、ウィンフィール分隊の隊長さんはその道理がわかってる人だったんですね。だからこそ、コルを悪者にして王国内の反抗勢力側について立場を確かなものにする、という安易な方法を取らなかった。それは身を挺して周りのすべてを守ろうという騎士としての誇りであり、しかし選んだ方法は茶番を演じることであり、騎士としての誇りを捨てる行為でもあった。つまり、自分だけが貧乏くじを引くことで全部丸く収めようという方法だったんですね。
でもそれは、コルの信条としては受け入れづらい事だったんですね。誰かに負債を押し付けない、みんなが幸いを得る。それが商人でも武人でもない、コルのやり方でエーブからすらも勝利をもぎ取り分配し直したやり方だった。
一時はこらえて隊長の茶番を受け入れようとしたコルだったけれど、まさに起死回生の発想の転換でした。しかしこれで、聖クルザ騎士団からも信頼を受けるようになったわけですから、薄明の枢機卿の名声は揺るぎないものになってしまったなあ。もうここまで来ると、一介の聖職者なんかに戻れないんじゃないだろうか。
ハイランド王子は、何はなくとも後ろ盾になってくれるだろうけど。この人、王族なのに人が良すぎて心配になる。ちょっとイイ人すぎやしませんかね!?


狼と香辛料 XXI Spring Log IV ★★★★   



【狼と香辛料 XXI Spring Log IV】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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湯屋『狼と香辛料亭』を営むロレンスの悩みの種、それは家を飛び出していった可愛い一人娘、ミューリのことだった。憔悴するロレンスを見かねたホロは、湯屋をセリムたちに任せ、娘を訪ねて十数年ぶりの旅に出ることに。そんな旅の途中に立ち寄った町で、さっそくミューリの噂が耳に飛び込んでくる。それは、二人の知るお転婆娘とかけ離れた、“聖女ミューリ”の噂で―!?書き下ろし短編『狼と旅の卵』に加え、電撃文庫MAGAZINE掲載短編4本を収録した、幸せであり続ける物語第4弾!

こうして二人は結ばれ幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。そんなハッピーエンドのその後のお話、というパターンは決して珍しくはないのだけれど、そういう「アフター」を描くストーリーって、やっぱり一波乱も二波乱もあったりするんですよね。現実はめでたしめでたし、では済まなくて世知辛い現実的なその後を描く話もあったりする。
そんな中で、本作に限っては本当にその後も「めでたしめでたし」し続けてるんですよね。ホロとロレンスはずっと幸せに暮らし続けている、ずっと目出度い! そのなんて素晴らしい事だろう。
二人は、二人の物語の中を生きている。
これは至言だなあ。
そんな物語のハッピーエンドの象徴が、湯屋『狼と香辛料亭』であり、お客たちはそんな幸せの結末がずっとずっと続いているのを眺めにくる、確かめに来る。そうやって、幸せのおすそ分けを頂きにくるのだ。という、二人が旅に出た後を預かることになったセリムのお話には、なるほどなあと深く深く頷いたのでした。それが湯屋『狼と香辛料亭』の繁盛の秘訣だというのなら、笑顔と幸せが湧き出る湯屋という評判の根源なら、それはとても素敵じゃないですか。
そんな幸せをみんなが見に来て、笑顔になれるというのなら、この世界も人も捨てたもんじゃないのですから。

さて、十数年ぶりに宿の主人を脱却して旅に出たロレンスとホロ。うん、そうだよね、そんな長い間旅に出てなかったら、あれこれ錆びついてるよなあ。肉体的な衰えだけじゃなく、旅の関する勘所とかもね。まさか、火を付けることまで手間取るありさまになっているとは思わなかったけれど。
かっこ悪い、かっこ悪いよロレンス。でもまあ、そんな格好の悪さで愛想を尽かされるような付き合いはもうとっくの昔に卒業したわけで、というか最初から格好の悪さというのは愛想を尽かされる原因にはなりえない関係だったんですけどねえ。
それでも、若い頃は見栄を張っていたロレンスだけれど、夫婦となりお互いの事を理解し尽くした今となっても、まあ見栄というのははりたいものだし、格好悪い所は見せたくないんだよ、男というものは。それはそれとして、諦めて格好悪いところを曝け出すのもまた夫婦円満の秘訣というのをロレンスもよくわかってるんですよね。
十年以上も夫婦をやっていると、やっぱり以前の旅とは異なってくるという所もある。同じ二人きりの旅でも、年季が異なってるんですよね。かつての旅では成立していた二人の駆け引きが、もう今となってはあんまり機能していないんだなあ。
だって、あんまりにもお互いのこと、わかっちゃってるんだもの。どこまで押せば許してくれるか、どこまでなら引いてくれるか。その微妙な呼吸を、どうしたって自然に合わせてしまうのがこの夫婦なのだ。ほぼ完璧に、押し引きの境界ラインがわかっちゃうものだから、交渉の余地はあんまりなくジャックポットで取引が成立しちゃうんだなあ。
でも、それで無味乾燥になるかというとむしろ逆で、ホロも限界まで存分に甘えて強請るし、ロレンスもホロが気遣う限界点まで甘やかす。おかげで、出来る範囲の最大限イチャイチャしているようにしか見えない。
お互いの気持ちを種銭にして押したり引いたり駆け引きをすることで、まさに愛を交換していたかつての二人だけれど、そういう意味では今回の旅でもイチャイチャは、夫婦のイチャイチャだよなあ、と思ったり。
ほんと、お互いへの気持ちが冷めるどころかむしろ募ってるんじゃないだろうか、というくらいのお互い身を寄せ合い肩を寄せあい頬を寄せ合い囁きあっているような睦み合いは、まったくもってお熱いことで。なんでミューリしか子供生まれてないんですかね!? と、言いたくなるくらい。
今からミューリの妹でも作っていいんじゃないだろうか。

さてのんびりと、とりあえずの目的である娘のミューリとコルに会うためにその足跡を追う二人、と言っても急いで追い回すのではなく、のんびりと旅行気分であっちこっち食べ歩きする気満々なんですよねえ、特にホロ。
そんな旅先で行き合ったのは、なんだか街の大問題を解決して有名になってしまった枢機卿なコルと聖女なミューリの噂。
なにやってんだーうちの子らは、となりつつさらっと自分たちも新たに起こりつつあった街の問題に慣れた感じで首を突っ込んでしまうの、ロレンスが相変わらずちょっと欲をかいてちょっと失敗してしまった補填のため、とはいえ手慣れたもので。
あれこれと四苦八苦して次々と起こる問題に頭を悩ませ、必死に振り回されるのを踏ん張って解決策をミューリといっしょに探り当てていたコルたちとは、やはり年季が違うというかなんというか。
もうでっかい案件にこっそりと一噛みする手練手管は、経験値たっぷり、という感じですよね。
そしてコルたちのように不用意に目立つこともなく、裏方に徹してなるべく皆に得や勝利が回るようにしつつ、自分たちもちゃっかりと……いや、最初からそれが目的、狙ってた報奨をサラッと掻っ攫っていく。
その肝心の報奨品が、ホロが心から欲しがっていたもの、というあたりが本当にロレンスと来たら相変わらずというかなんというか。ホロのためなら、もうどんな不可能案件だろうと簡単にクリアしてきやがりますよね、この商人。凄腕商人、というにはあまりに金にがめつくなく稼ぎも大きくないのだけれど、ホロのため、という冠がついた時なら訳の分からんレベルで軽くホロの望むものを持って来ちゃうんだよなあ。
しかし、日記だけでなく、絵として自分とロレンスの姿が残ってたら、そりゃあ永い永い時間のかけがえのない宝物になるもんなあ。ホロが、あれだけ取り乱して欲しがったのもよくわかる。

シリーズ感想

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 4 ★★★★   



【新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 4】 支倉凍砂/文倉 十 電撃文庫

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ウィンフィール王国第二位の港湾都市ラウズボーン。ニョッヒラを出て初めての大都市に心躍らせる賢狼の娘ミューリと、教会変革の使命を胸に燃やすコルだったが、二人を待ち受けていたのは、武装した徴税人たちだった。ハイランドの機転で窮地を脱した二人。どうやら「薄明の枢機卿」と讃えられるコルの活躍が、皮肉にも王国と教会の対立に拍車をかけていることを知る。このままでは、戦争を避けられない。打つ手無しの中、コルに助け船を出したのは、ロレンスのかつての好敵手、女商人エーブだった。神をも畏れぬ守銭奴は、果たして敵か味方か。コルは教会、王国、商人の三つ巴の争いに身を投じる―!
女商人エーブの再登場。ロレンスとホロの物語において最大最強の敵であり味方であった彼女、賢狼ホロを差し置いて狼と呼ばれた女。ミューリは彼女のことを狐呼ばわりしていたけれど、とてもじゃないけれど狐レベルじゃないんですよね。年を経てさらに貫禄と凄みを増した大商人、孤狼と呼ぶに相応しく餓狼と呼ばざるを得ないほどに獰猛に利を欲する。正直、まともにやってはコルとミューリじゃ役者が違いすぎる。ホロと真っ向から張り合えるレベルなんだから。
その意味では、コルがエーブと腹の探り合いをして駆け引き勝負に出てしまったのは大間違いなんですよね。それは完全に相手の分野であり土俵であって、コルはそういうのじゃないでしょうに。コルが図に乗っていたとか調子に乗っていた、というわけじゃないのはわかってます。彼の謙虚さは筋金入りですし自己評価の辛さは頑なですらありますから。
それでも乗ってしまったのはコルの素直さ故なんだと思うんですよね。エーブという人の恐ろしさ、どれほどの大人物かというのを誰よりもわかっているコルですけど、だからこそエーブの恐ろしい部分を意識してしまってそれに対処しよう対処しようと知恵を巡らせ頭を悩ませることになる。それこそ、エーブの土俵に乗っているにも関わらず。ここで、エーブにまず力を発揮させずに封殺しよう、という方向に発想がいかないのが彼の愚直さでも在り素直さでもあるのでしょう。
尤も、状況的にあまりにもエーブは重要人物過ぎて、その力を発揮してもらって利用しなければ八方塞がり、というすでにエーブが状況をほぼ支配下に置いてしまっている時点で手遅れではあったのですが。
ゼロから、エーブの伏せてあった手札も戦略も見事にひっくり返して露わにしてみせただけでも、十分凄いんですけどね。エーブがコルを可愛がっておおよそ目一杯限界まで手加減してくれてたのを加味しても。
しかし、エーブってばかつてロレンスに振られたの未だに引きずってるんだな。引きずっているとまではいかないまでも、未だ拘っているとも言える。自分だけの、信頼できる相方の存在に。エーブを崇拝する人は数いるだろうに、未だに誰にも心許していないのに、コルにあれだけ熱心に誘い掛けてくる、という時点で未だにしこりになってるんだろうな、というのは伝わってくるんですよね。
まあコルに声かけたのは断られる前提だろうけど。誰が見ても、コルはミューリを捨てないでしょうし。コルもその点については誓っていますし……てか、それを決め込んでいる時点でミューリの求婚をコルはどうやったって跳ね除けられないんだよなあ。今回の、実際に捨てられてしまった人たちの嘆きを目の当たりにして、ミューリが縋ってくるのを今までみたいにきっぱりと跳ね除けられなくなってる時点で、今回コルの心境としてもかなり思う所あったんじゃなかろうか。
ともあれ、エーブとの駆け引きはあらゆるところでエーブにマウントを取られ続け、出し抜いたと思ったところですらやっぱり八方塞がりになり、と知恵を巡らすという意味では今回はコルは常に打つ手を潰されてしまったと言えるのでしょう。
ただ、コルのやり方というのはそういう駆け引きとかじゃなかったはずなんですよね。作中でエーブも度々語っていますけれど、コルの戦い方というのは商人のそれでも政治家のそれでもない。
誰かを負かすのでも罰を与えるのでもない。特に今回は、事情を詳らかにしていってみると悪人の類は殆どいなくて、差し迫った各々の事情や感情的なすれ違いが、どうしようもない所まで誰も彼もを追い詰めて何もかもを悪化させてしまったというのが実情だったので、結局そこかを切り捨てるかもろとも破滅するか、しか選択肢がなかったわけだ。
そんな中で、利益を求めるのでも名声を求めるのでもない。正義を執行したいわけでも、間違いを正したいわけでもない、ただ誰かが一方的に理不尽を受けるのが認め難く、報われて欲しいと願うだけ。そんな誠実さと純朴な善意こそが、コルの原動力であり強みなんですよね。エーブだって、コルに甘いという側面とちゃんと利益が出るという未来絵図があったとしても、なるべく誰も傷つかない形で丸く収めたい、というコルの示した結論の素朴な善性にそうそう逆らえるもんじゃないんですから。周囲がそれに乗っかるなら、なおさらに。エーブ姐さんは悪党だけれど、わざわざ自分から人を不幸にしたいわけじゃあないものねえ。

エーブという共通の敵が現れたから、というわけじゃないんだろうけど、不倶戴天だった、というかミューリが一方的に警戒していたハイランドと妙に意気投合しちゃってたのは微笑ましいやら。ハイランドの孤独に対してミューリからおずおずと手を差し伸べてくれたのは、この娘の何だかんだと優しい部分が垣間見えて嬉しかった。複雑な立ち位置にある二人だけれど、これを期に良い友達になれそうで、お互い友達という相手には縁がなかったですしね、よかったんじゃないかな。

シリーズ感想

サクラコ・アトミカ ★★★☆  



【サクラコ・アトミカ】 犬村 小六/文倉 十 星海社文庫

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畸形都市、丁都に囚われた美貌の姫君・サクラコの“ありえない美しさ”から創られた「原子の矢」は、七つの都市国家を焼き払う猛威を秘めていた…。その抑止のために各国の軍が丁都に迫る中、サクラコの護衛にして牢番、「無機物から創造された生命特性を持つ短期システム」、通称“バケモノ”と呼ばれる少年・ナギはいつしか彼女に魅せられていくのだが…!?「とある飛空士」シリーズの犬村小六が放つ、愛と青春のボーイ・ミーツ・ガール!

あれ? この文庫版って「星海社FICTIONS」版とはラストシーン違っているんだ。あちらの方は読んでいないのでどう違うかわからないんだけれど。
犬村さんの描く世界の果てを超えていくようなボーイ・ミーツ・ガールの原型、と言いたいところなんだけれど、実のところ「とある飛空士への追憶」や「とある飛空士への恋歌」シリーズの方が先なんですよね。
かの人が描く最果ての儚くも力強い恋の物語のプロトタイプのような力強さと荒々しさを持つ作品だと、今になって読むとそう感じたんですけどね。
「とある飛空士」シリーズへと続く様々なボーイ・ミーツ・ガールの派生の元というか源泉のような感じがありましたし、同時に犬村さんのオリジナルの初期作品である【レヴィアタンの恋人】から【とある飛空士】シリーズへと繋がる過渡期の部分を担っているような世界観でありましたし、キャラクターの造形を感じさせてくれましたし。
逆にこれが追憶の後、恋歌の初期が書かれている頃に手がけられた、というのは興味深くもある。
命とはなんだろう。ラストシーンで一人の登場人物のなかから、主人公とヒロインの命を燃やし尽くした恋、世界を変えた恋を前にして浮かんできた自問。
その疑問、その不思議さへのアプローチこそが、犬村作品の根幹を担い続けているように思うのだ。物語を紡ぐと同時に、真摯にその問いへの答えを探し続けている。
そうやって、命のきらめきを描き出しているのだと。
だから、一冊で終わるからこそ脇目も振らず焦点をそこに当てて描ききった本作は、すべての作品のプロトタイプに見えるのだろうか。ここからすべてが派生していくように見えるのだろうか。
これもまた疑問は尽きない。
その答えを追うには、やはりすべての物語を追っていくしかないのだろう。過去に翻って【レヴィアタンの恋人】の続きも読みたいんだけどね!!

犬村小六作品感想

狼と香辛料XX Spring Log ★★★★   

狼と香辛料XX Spring LogIII (電撃文庫)

【狼と香辛料XX Spring Log掘曄〇拜凖犧宗進諺匳宗‥天睚幻

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湯治客で賑わう短い夏が終わり、湯屋『狼と香辛料亭』はひと時の穏やかな秋を迎えていた。山々に囲まれたニョッヒラの秋の味覚を堪能しようと、いつも以上に張り切るホロとあきれ顔のロレンス。山での散策を終えて、籠いっぱいの土産とともに二人が湯屋に戻ると、入り口にはたくさんの人だかりが。「なんじゃ、よくわからぬが、色々な獣の匂いがしんす」
湯屋『狼と香辛料亭』にやってきた、時季外れの珍客たちの目的とは―。書き下ろし短編『狼と収穫の秋』に加え、電撃文庫MAGAZINE掲載短編4本を収録した、湯屋での物語第3弾。

イチャイチャイチャイチャ。わかった、もうわかったから勘弁してください、と言いたくなるくらいいちゃつくご夫婦。明らかに二人で旅していた時よりもいちゃついている二人である。あの頃はもう少し駆け引きみたいなものを二人して楽しんでいたのだけれど、今のロレンスはホロのこと好きすぎてたまらんというのを抑えも隠しもしないし、ホロが望むものをなんだかんだ言いながらも積極的に捧げまくってる。いやいや、いくらなんでも甘やかしすぎなんじゃないですか? とすら思っていたのですけれど、そうかー、ロレンスお父さんてばミューリがいなくなって寂しくなっていたのか。
その分、ホロを甘やかすことで慰めていたんですね。自分を甘やかさせることで寂しがってるロレンスを甘やかしていたんじゃよ、とドヤ顔のホロさんですが便乗して甘やかして貰っていたようにしか見えないw
いい加減太りますよ、賢狼さま。
久々に登場したミューリ傭兵団の団長さんが、ロレンスに負けず劣らずミューリ贔屓のお父さん的な立ち回りをしていて、ミューリが駆け落ちをしたと知って愕然としている様子に思わずフフフ笑い。頼もしい気のいい兄ちゃんだったのに、この人も何年経っても変わらんなあ。ミューリのこと姫、姫とえらい可愛がってくれているようで。未だに深い交流がある、というのはなんとも嬉しくなりますね。
未だに交流がある、というとホロとロレンスを結びつけてくれたあのエルサの近況も知れて良かったです。エヴァンともちゃんと結ばれているようでよかった。ってか、あっちは3人も子供生まれてるのかー。
でも、こんな風にエルサのように文で近況を送ってきてくれるか、もしくはニョッヒラに湯治に訪れてくれるか、という機会でもないとかつての旅で出会った人たちとの交流はもう無い。ロレンスとホロの旅はもう終わって、このニョッヒラから外に出ない、と思っていただけにラストの展開は思わず胸が高鳴ってしまいました。
いい加減立場も違いますし、帰るべき場所がある身、そしてロレンス自身もう若くはないのですけれど、それでもまだ旅に馳せる想いがあるなら。ただ待つのではなく、自分の足で懐かしい人々に会いに行くという能動を求める気持ちがあるなら、たとえ幸せの最中であっても心残りとして積もるものはあるんですよね。そういう気持ちを押し止めるでも共有してごまかすでもなく、ちゃんと後押ししてくれるホロは、掛け値なしの良妻なんでしょうなあ、こういうのって。
ちゃんと、留守中の宿の手配りについても考えてくれていたわけですし。
でも、このニョッヒラに腰を据えるようになってから以前よりもホロと同じ獣の人たちとの交流が増えているわけですけれど、思っていたよりもずっとたくさんの「獣」が人に混じって暮らしてるんだなあ、と実感しています。人族の隆盛によっていずれ消えゆく儚い存在なのかと昔は思い巡らせていたものですけれど、幾人もの古老たちによる苦労もあったのでしょうけれど、けっこうしぶとく人の世の中に紛れて生き延びていっているようなんですよね。ある種のノウハウやツテみたいなものも構築できているんじゃないでしょうか。獣同士でかなり密接にコミュニティめいた交流があるみたいですし。場合によっては、今後「狼と香辛料亭」はそうした獣たちの交流のハブみたいなものになる可能性もありそうですし。
ミューリの方の話に出てきた羊さんが語る夢の話のような人ならざる者たちによる国、というのは難しいかも知れないけれど、人の世の影で隠然たる影響力を及ぼす結社、或いはコミュニティ的なものが発展組織されて、現代までたくましく生き残ってもなんか不思議じゃない感じだなあ。
いつかの未来に至っても、ホロが寂しくても孤独にはならない想像の余地が広がっていく、というのはどこか安堵のようなものを抱かせてくれる。そういう意味でも優しいアフターストーリーだと思うんですよねえ、本作って。
さて、しかしこうなるとやはり以前の旅で出会った人たちとの再会を期待してしまうわけで。エーヴがバリバリやってるのはミューリ編で伝え聞こえてきているので、あとはやはりノーラが今どうしてるか、だわなあw

シリーズ感想

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 3 ★★★★   

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙III (電撃文庫)

【新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 3】 支倉 凍砂/文倉十 電撃文庫

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賢狼ホロの娘・ミューリの旅、舞台は島国ウィンフィール王国へ!

聖職者志望の青年コルの旅の連れは、「お嫁さんにしてほしい」と迫ってくる賢狼の娘ミューリ。海賊の島から出た二人は、嵐に巻き込まれウィンフィール王国の港町デザレフにたどり着く。
教会が機能していないその町で、コルは「薄明の枢機卿」と呼ばれ、まるで救世主のような扱いを受けることに。
そしてコルはミューリの求愛に向きあうべく、自らを「兄様」と呼ぶことを禁止し、関係を変化させようとするのだった。
そんなコルたちの前に、イレニアと名乗る商人の娘が現れる。彼女はなんと羊の化身であり、“ある大きな計画”に協力してほしいと持ちかけてきて――?
……ちょっと待って。ちょっと待って。
長らく行方がわからなくなっていたホロの仇でもある「月を狩る熊」の情報がようやく、思わぬ所から出てきたわけですけれど、なんかスケールが桁違いなんですけど。
「月を狩る熊」って実は熊じゃなくて、ゴジラなんじゃないの? ほら、最近の日米各実写版もアニメ版のゴジラもわりとごっつくなって見方によっては熊みたいだし。
そうだよ、ゴジラだったんだよ、クマーは。でなければ、くまモン。
いずれにしても、新大陸の話が出てきたけれど、これ絶対に踏み入ったらあかん暗黒大陸なんじゃなかろうか。変に刺激してクマーが帰ってきてしまうと、いきなり話が「その日、人類は滅亡した」とかいうたぐいの話になりかねない、とすら思ってしまう馬鹿げた存在なんだけれど。ちょっと話を聞いただけでも。
それくらい、オータムさんが教えてくれたクマーの情報や、新大陸で目撃されたクマーの話って、ゴジラ規模なんですよね。なんで、海底に足跡残ってるんだよ。それも、巨大なクジラの化身であるオータムさんが、長らく足跡と気づかなかった、というくらいのデカさの。
いやだから、ゴジラだって、そいつ。

羊の化身であるイレニアが持ちかけてきた話、或いは彼女の野心であり、人ならざる者たちの夢とも言えるその話は、同時にウィンフィール王国がもくろんでいる国家事業の秘密を明らかにするものでもあり、コルは信仰の問題はどうしたんだ、と戸惑い憤ってるけれど、ぶっちゃけるとコルが最初区別していた2つの問題は決して同時に存在できないものではないんですよね。
どちらか一方の目的のために、片方の目的を踏み台にしてしまおうとしているのではなく、どちらも欠かせない両輪になろうとしていることを、コルは最終的に気づいたようだけれど。
いずれにしても、話は宗教改革や旧来の教会からのウィンフィール王国の離脱という問題に収まらない大きなものになってきてしまった。コルは薄明の枢機卿なんていつの間にか二つ名までついてしまって、中心人物の一人とも言える立場に追いやられてしまったのだけれど、その二つ名が身の丈にあわないとコル自身戸惑っているように、話のスケールもコル自身の身の丈を越えようとしているのではないだろうか。もちろん、それを誰よりも痛感しているのはコル自身なのだけれど。少なくとも、新大陸にまで足を踏み入れるほどの何かを、コルは持っているのか。
ミューリは、世界各地を旅して回りたいという願望はあっても、最終的にはあの両親の待つ温泉宿へと帰るつもりである。狼の化身であるミューリにとって、世界は自分の居ていい場所を見つけられないところではあるんだけれど、でも帰るべき場所はあるんですよね。だから、そこを捨ててまで終わりのない旅を続けることはできないし、新天地を求めているわけでもない。
イレニアが語った夢は、ミューリにとっても心躍るものだったかもしれないけれど、でもそこはミューリがたどり着きたい場所ではない。
でも、コルが行くとなったら、ミューリはどうするだろう。こればっかりはコルの胸三寸でありましょう。今までと同じ関係のままなら、ミューリはもうそこまでついていけない気がする。でも、コルがついてきてくれ、と願えるような関係になったら、ミューリはついていくでしょう。
まあその前に、関係がどうあれミューリを思ってコルがそのような決断をすることは難しいでしょうし、それが自分の役割かというとそこまで思い切るような出来事には遭遇していない。逆に言えば、新大陸を目指すに足るだけの理由を得てしまう展開も、決して否定できないのだけれど。

しかし、この世界における羊さんは、羊の化身は、どの人も覚悟極まってるなあ、と感心させられる。羊は無力どころか、新たな地平を切り開いていく開拓者のようじゃないか。
でも、よりにもよってイレニアさん。羊のくせに、「狼」にあれだけ惚れ込んでしまうなんて。かのオオカミさん、まったくもう相変わらずキレッキレだねえ。全然変わらず元気そうで良かったですよ。

シリーズ感想


狼と香辛料XIX Spring Log供 ★★★   

狼と香辛料XIX Spring LogII (電撃文庫)

【狼と香辛料XIX Spring Log供曄〇拜凖犧宗進諺匳宗‥天睚幻

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賢狼ホロと元行商人ロレンスが営む湯屋『狼と香辛料亭』。幸せと笑いがわき出ると言われる湯屋を舞台に描かれる、旅の続きの物語、第2弾が登場。
コルとミューリが旅に出てしまい、湯屋は慢性的な人手不足に。ロレンスは大勢の客が訪れる繁忙期に向け、スヴェルネルの騒動で出会った女性・セリムを新たに雇うことにする。実は彼女、ホロと同じ狼の化身なのだ。
新参者のセリムの前では、女将としても狼の化身としても威厳を保ちたいホロだったが、なにやら浮かない様子。
一方ロレンスは、そんなホロの気持ちを知ってか知らずか、湯治客が持ってきた特権状に夢中で──?
電撃文庫MAGAZINEに掲載され好評を博した短編3本に加え、書き下ろし中編『狼と香辛料の記憶』を収録!
幸せであるが故の焦燥か。刺激のない同じような日々の繰り返し。それが退屈というわけではなくて、本当に幸せなんだけれど、毎日が同じ繰り返しであればあるほど、飛ぶように過ぎていってしまうことに焦りを感じてしまう。
これは長い寿命を持ってるような種族とか関係なしに、普通の人も感じてしまうものなんですよね。というか、凄く分かる。すごく共感してしまう。現状に特に大きな不満なく、今に満ち足りたものを感じていればこそ、ついつい先のことを、失われてしまうだろう先のことを連想してしまって、どうしようもないのに焦りを感じてしまうんですよね。これって、二十代の若い頃や、逆に晩年に差し掛かった老年期では感じ得ない感覚なのかも。
もっと我武者羅に、日々追い立てられるように生きていれば感じない類のものなのかもしれないけれど、ある程度のんびりと余裕を持っていればいるほど、その余裕を上手く使えていないんじゃないか。もっと面白いことが出来るんじゃないか、と考えてしまう。それは手の届かないことではなくって、ちょっと頑張れば出来ること。ついこの間まで出来ていただろうことだったりするので、焦燥は実感を伴ってしまっているわけで。
ホロほど頭が良いと、そんな未来と出来ることに関して余計に鮮明に思い浮かべてしまえるから、なおさら焦燥は強いのかもしれない。幸せであればあるほど消せない焦り。なかなか解消できないであろうそれを、ちゃんと目ざとく気づいて、解消してしまえるロレンスの、老いてなお人間力が増しているこのいい男っぷりたるや。
そんなロレンスさんが、新たに働くことになった若い狼のメスなんぞにうつつを抜かすはずがない、とホロ自身もちゃんと分かってるにも関わらず、それでも不安にかられてしまうというのはこの人、幾つになっても乙女ですなあ。人当たりは良いくせに、近い位置に来られると途端にムズがるような人見知りなところがあるし。昔はロレンスはそんなホロの弱い部分を把握しきれていなかったのだけれど、これだけ長い間連れ添うと、ホロの強いところも弱いところも全部掴んじゃってるのでフォローが本当に上手いのだ。
そんなロレンスの行き届いた配慮というものも、聡いホロはちゃんと全部理解しているが故に、二人の関係たるや昔よりよっぽど糖度が弥増している。お互い、素直になっているというのもあるんだけれど、ホロ視点だとどれだけロレンスのこと好きなんだよ! と思わず叫んでしまいたいくらい、ベタ惚れな心境を吐露しまくっているので、正直たまらん!!
やたらと歳食ったと強調するロレンスだけれど、あんたまだ年齢的に私と変わらんからね。まだまだ若いんだからね。なので、まだまだ若い娘さん同様のホロさまのお相手をスルに疲れるほど老いてはいないのである。
ミューリが居なくなって、二人の時間が増えた以上、ミューリの妹様か弟が出来てもおかしくないなあ、これ。いや、実際それらしいことしてそうな描写もありましたし。ホロさんが狼になっていらっしゃる!!
けっこうカプカプ噛み付いてるのねー……。
【Spring Log】というタイトルの意味も明らかになり、ロレンスが自分が居なくなったあとも、ホロが幸せであり続けることを、願うだけではなく様々な手立てを講じていることがよくわかるお話でした。愛し、愛されている話だなあ。

シリーズ感想

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 供 ★★★   

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙II (電撃文庫)


【新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 供曄〇拜凖犧宗進諺匳宗‥天睚幻

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Kindle B☆W

港町アティフでの聖書騒動を乗り越えた青年コルと、賢狼の娘・ミューリ。恋心を告げて開き直ったミューリから、コルは猛烈に求愛される日々を送っていた。
そんな中、ハイランド王子から次なる任務についての相談が。今後の教会勢力との戦いでは、ウィンフィール王国と大陸との海峡制圧が重要になってくる。そのため、アティフの北にある群島に住む海賊たちを、仲間にすべきかどうか調べて欲しいというのだ。
海賊の海への冒険に胸を躍らせるミューリであったが、コルは不安の色を隠せない。なぜなら海賊たちには、異端信仰の嫌疑がかけられていたのだ。彼らが信じるのは、人々が危機に陥ると助けてくれるという“黒聖母”。不思議な伝説が残る島で、二人は無事任務を遂行することができるのか――。
トート・コルにとっての信仰とは。
前作の主人公ロレンスと今代の主人公であるコルの、商人と神学士という立ち位置の違いを顕著に感じさせられる話でありました。ロレンスの物語というのは、商売によってどうやって儲けるのか、というのが基本路線となり、その中に商人としての姿勢や誇り、現世利益を求めながらも誰もが幸せになれるWin−Winの結末を手繰り寄せようとする、人としての在り方を描くものでもあったのですが、この点コルはまず自分が儲けるという自己欲がなく、みんなが幸せになるため、という漠然とした目的を叶える拠り所として神の教えや信仰というものに人生を費やそうとしているのだけれど、商売ってのが損得がハッキリしている結果がわかりやすいものであるのに対して、コルが拠り所としているものは心の在り方によるものであるせいか、これという目に見える形での結果や実感を伴いにくいものでもあるんですよね。だからか、コルは目的と手段が逆転してしまったり、信仰というものへの拘りが信仰のための信仰、みたいになったり、答えがあるわけではないものに対して正しさ、正解を求めようとしてしまったり、と随分と足元が覚束ないのである。
これに対して、ミューリはコルに対して即物的な自分の幸せを求めるように、悪魔の誘惑のごとく囁きかけてくるのだけれど、コルの地に足の付いてないふわふわした様子を見るとミューリの言いたいこともよくわかるんですよね。でも、ミューリの誘い方だと思いっきりコルのことを甘やかしている、とも思えるわけで、この点常にロレンスに対して甘い言葉をささやきながらその実甘やかすことをしようとしなかった、一廉の男であることを求め続けたホロと比べると、ミューリってけっこう男をダメにするタイプの女なんかじゃないかと思ってしまう。
これ、コルが自分に対してひたすら厳しい人間だからこそ、ミューリがこうなっちゃった気がしないでもないのだけれど。
構図だけ見ると、まさに信仰に身も心も捧げようとする神の僕に甘言を弄して堕落を迫る悪魔の図、なんですよねえ。ただ、コルが厳しく突き詰めようとする信仰の形は、本来彼が求めていたものから外れていきそうなものだったのも確か。そもそも、彼が神学士として生きようと思った生まれ故郷での出来事や、前巻で抱いた世界に居場所を持たないミューリに、幸せと安息を与えてあげたい、という想い。それを叶えるために、神の教えを紐解き、世界に伝え広めていきたい、という目的が、ひたすら信仰の在り方というものに塗りつぶされていこうとしていたピンチでもあったんだよなあ、今回。
かくの如く、求める先も見失って右往左往するコルですけれど、本来賢く聡明な彼はハッキリとした達成すべき目的さえ定めれば、そこに行き着くための方策を、わりと速攻で導き出せるんですよね。その手段も常識にとらわれず、ロレンスやホロ譲りの大胆さでこねくりまわせるのに、その柔軟さを発揮するための土台がふわふわしているものだから、普段はどうしても頑なな固定の道を歩もうとしてしまう。
向いてない、とまでは言わないけれど、コルってわりとわかりやすい利益や具体的な結果を伴う事例の方が得意なんじゃないか、と思えてしまう。ロレンスやホロと旅していた頃もそうでしたし。
でも、だからといって楽な方を選んでしまうと、だめになってしまうというコル自身の気持ちもわからないでもないんですよねえ。この場合、ダメになってもミューリが居てくれたらそれはそれで十分幸せになれるんでしょうけれど、それは幼い頃から志し続けたものを諦めた幸せになってしまう。かと言って、一人で居るとひたすら自分を追い詰めていきそうなだけに、ホロがミューリを彼につけたのは大変によくわかるのである。
今回の一件で、コルも自分の未熟さと危うさを相当に思い知ったんじゃなかろうか。身の程を知る、というのは自分を卑下するという意味合いだけじゃなくて、自分をよく理解することで新しい自分の可能性を見つけることにも繋がると思うんですよね。自分を知れば、これしかないと思っていた範囲がどれほど矮小で固定観念に縛られたものだったかにも気づくことが出来るし、自分にとって何が大切なのか。自分がこれから進もうとしている道に、誰が必要なのか、というのも思い知ることが出来る。
コルの、ミューリを折に触れて故郷に返そうとする姿勢、ミューリを思ってのことなんだけれど、ミューリの気持ちや覚悟を蔑ろにしているのみならず、ミューリにとってコルという男がどれほど掛け替えのない価値のあるものなのかを、コル自身がコルを評価していないようにも見えていただけに、結構不満ではあったんですよね。コルにとってミューリは必要ないというよりも、ミューリに自分は特に必要ないんだ、と思っている素振りが。
それに対して、ミューリは端的に、海に落ちた際の例え話で一切合財を言い表していて、彼女のコルに対しての愛情のみならず、コルに対する危惧を具体的に察知している聡明さがうかがい知ることが出来るんですよね。
こんなん、敵うわけがないじゃない。
このまま行くと、信仰や神の教えに対する変節ではなく、コルにとっての正しい信仰に至ることでミューリが念願を叶える、という形へと物語は流れていきそうだなあ。それがもっとも幸いなんだろうけれど。

1巻感想

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 ★★★★☆  

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 (電撃文庫)

【新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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聖職者を志す青年コルは、恩人のロレンスが営む湯屋『狼と香辛料亭』を旅立つ。ウィンフィール王国の王子に誘われ、教会の不正を正す手伝いをするのだ。そんなコルの荷物には、狼の耳と尻尾を持つ美しい娘ミューリが潜んでおり―!?かつて賢狼ホロと行商人ロレンスの旅路に同行した放浪少年コルは青年となり、二人の娘ミューリと兄妹のように暮らしていた。そしてコルの旅立ちを知ったお転婆なミューリは、こっそり荷物に紛れ込んで家出を企てたのだ。『狼と香辛料』待望の新シリーズは、ホロとロレンスの娘ミューリが主人公。いつの日にか世界を変える、『狼』と『羊皮紙』の旅が始まる―!
まさか続編が出るなんてなあ。嬉しい、嬉しいよ。主役はホロとロレンスの旅に同行し、ロレンスの実質的な弟子として、或いは二人の子供のようだったあのコル。見違えるような立派な青年に成長したコル、それこそホロと出会った頃のロレンスと変わらない年齢になってたのか。
聖職者を目指すという夢は変わらないまま、ロレンスとホロの湯屋でずっと働いてたのね。彼のこの素直なままの成長具合を見ると、どれほどホロとロレンスに可愛がられて育ったのかがよくわかって、思わず微笑んでしまった。でも、妙に堅物に育ってしまった、特に女性に対して免疫なさそうな育ち方してしまったのはこれ、多分ホロのせいだよなあ。よっぽど過保護に構ってたんだぜ、きっと。旅の間のコルへの接し方を思い出すと、容易に想像できてしまう。ある意味娘のミューリよりも過保護にしてたんじゃないだろうか。でないと、湯屋
で働いていて相応に女性に接する機会、それも水商売系統の女性とまみえる機会も珍しくなかっただろう境遇であの免疫の無さはないでしょう。ミューリ対応にリソース全振りしてるっぽいもんなあw
そのミューリである。いやあお転婆だ。これぞおてんば娘という天真爛漫さで、容姿こそホロにそっくりだけれど性格はけっこう違いますよね。でもあの強かさと抜け目の無さはさすがホロとロレンスの娘だ、という強者っぷりで、兄貴分のコルを振り回すのですけれど……ホロのように尻に敷くのではなく、結構この娘コルのこと立てるのよねえ。ある意味ホロと違った甘え上手ではあるのですけれど。
そして、ホロとはまた違った意味で拠り所を一人の男性に得ているんですよねえ。ホロの場合は長い長い有給の旅路の中での安息をロレンスに求めたわけだけれど、まだ見た目通りの少女であるミューリは人間と狼のハーフであるという自身の存在の立脚点をコルに得ているのである。人間ではない周りと違う存在である、本性を秘密にし続けなくてはならない自分が、この世界に居て良いのだという許しを、彼女はコルによって得ているのだ。自身の存在の肯定、ミューリをミューリ足らしめたものこそ、コルの絶対味方宣言なんですよね。今のミューリを形作ったものの根源こそは、コルなんですよね。そりゃあ、ミューリにとってコルは唯一無二だわ。
生まれたときから側にいたから自然に、という曖昧な流れではなく、ミューリとしては絶対的な意思と必然によってコルでなければならなかったわけなんですよね。そりゃあ、どこまでもどこまでも、住み慣れた街をあとにしても、愛する両親に別れを告げてもコルと離れられなかったのも理解できる。
時系列が同じロレンスたちが主役の方の番外編で、ミューリの出奔が家出でも物見遊山でもなく「駆け落ち」と認識されてしまっていたのも、これは無理からぬ話だなあ。だって、当事者であるコルと無駄な抵抗をしているロレンスを除けば、誰からどう見てもそして事実として駆け落ちそのものだもんなあw

しかしだ、今のコルは夢追い人。コルを追いかけついてきたミューリだけれど、兄様の視線はいつだって遠くを見つめていて、なかなか自分の方を見てくれない。寂しい思いをすることもしばしばで、このあたりの構い方はまだまだミューリはホロには敵わないなあ、と。いやミューリの場合はコルに対して遠慮と言うか配慮がたっぷりあるうえに、ホロみたいにグイグイと絶妙な押し引きがまだ経験不足で出来ないのだから仕方ないのだけれど。それに、コルってばあれだけいつも夢の方に熱中しているくせにミューリのことは頭の片隅においていて絶対に忘れてないんですよね。ちゃんと、見るべき時にはミューリの方を振り返って彼女のことを見てくれる。
ほんと、出来た青年である。そりゃあね、このちょっと頼りない兄様のためなら、なんでもなんでもしてあげよう、という気になっちゃうわなあ。淡い思いに一杯一杯になってるミューリの可愛いこと可愛いこと。子供っぽいといえばそうなのかもしれないけれど、幼いながらに自分の想いに本当に一途で一心不乱で、この一生懸命さは愛しくなります。
コルの方も、さすがはロレンスの薫陶を受けて育っただけあって、ただ世間知らずの堅物の学者もどきではなく、此処ぞというときには商人視点の視野の奥深さや、純粋さのなかに駆け引きを駆使するクレバーさも持ち合わせていて、まだまだミューリが自分がいないと駄目だなあなんて思ってしまう頼り無さや青臭さだけではなく、決めるときは決める頼もしさも備えていて、ほんと良い青年に育ちましたよ。
さいごの、王子がずっと抱えていた秘密に関してはちょっと反則ですよね。あれはコルが気がつかないのも仕方ないですよ。なんでミューリがあれだけピリピリしていたのかも納得できて、思わず微苦笑。コルさんや、この妹さんまじ可愛いですよ、もう。

シリーズ感想

狼と香辛料 18.Spring Log ★★★★☆  

狼と香辛料 (18) Spring Log (電撃文庫)

【狼と香辛料 18.Spring Log】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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賢狼ホロと、湯屋の主人になったロレンスの"旅の続きの物語"が、ついに文庫で登場。
ホロとロレンスが、温泉地ニョッヒラに湯屋『狼と香辛料亭』を開いてから十数年。二人はスヴェルネルで開催される祭りの手伝いのため、山を降りることになる。だがロレンスにはもう一つ目的があった。それは、ニョッヒラの近くにできるという新しい温泉街の情報を得ることで――?
電撃文庫MAGAZINEに掲載され好評を博した短編3本に加え、書き下ろし中編『狼と泥まみれの送り狼』を収録!
ホロとロレンスの"幸せであり続ける"物語を、ぜひその目でお確かめください。
こ、コルくんてば、ずっとこんなダダ甘夫婦の傍らにいたのか!? 教育に悪すぎる気がするんですが。
いやね、ホロとロレンス、夫婦になって落ち着いたのかと思ったら、こいつら旅してる頃よりも明らかにいちゃつき度が上がってるんですけれど!! 上昇してるんですけれど! 加熱してるんですけれど!!
旅してた頃は、まだこうなんというか、二人の間で駆け引きみたいなのが成立していて、恋の押し引きを楽しんでたんですよね。ところが、夫婦となった今となっては、ロレンスはホロの甘えを全部全部ガバッと両手広げて受け止めちゃってるし、ホロもロレンスを試すようなことはしないで全力で甘えるわ、甲斐甲斐しく世話をしてあげるわ、と新婚か!! もう娘があれだけ大きくなってるのに、まだ新婚気分か!! あかん、想像以上に夫婦生活がうまく行き過ぎてる。お互い、ちょっと相手のこと好きすぎやしませんかね?
ああ、考えてみたらこの本の時期って、もう一冊の娘ミューリとコルが主人公と時系列的におんなじで、つまり息子と娘が家を出て久々に夫婦二人きりになった時期でもあるんですよね。そりゃ、開放感に任せて普段にもましてイチャイチャするかー……いやでも、ニョッヒラの人たちの反応からして、あんまり普段と変わってなさそうだけれど。一応、ホロは殆ど家から出ずに村の人にも姿を見せないようにしているみたいだけれど。
それにしても、それにしてもなあ、まさか若い頃よりイチャイチャしてるとは思わんかったわ。そんな両親見て育ったミューリがどんな娘に育ってしまったのか……。まだ、あっちは読んでないんですけれど、読み切りの方で少しニョッヒラに居る頃のミューリとコルが描かれてるんですけれど、なんかすげえ娘に育ってるなあミューリ。コル、絶対太刀打ちできないじゃん、これw 既に手玉に取られまくってるんですが。
いずれにしても、夫婦として想像以上に完成していたホロとロレンス。特にホロは、賢狼ホロとしてよりも、ただ一人の男を愛する女としてのスタンスを確立して、本当に幸せそうで良かったなあ、と思っていたのですが……そんな彼女を揺さぶる大きな事件がラストに起こってくるわけです。
こういう時、ちゃんとロレンスが頼りになるんだよなあ。力づくではどうやったって解決できないようなことを、ロレンスは何の力もない商人としての立場から、見事に打開していってしまう。ホロはロレンスは自分が育てた、なんて言ってますけれど、ニョッヒラに至るまでの事件もそうだけれど、育てた以上に育ってしまって、もうベタ惚れせざるを得なかったよねえ、これ。改めて惚れ直すはめになっちゃって、羨ましいことであります。
まあ、その代わりというわけじゃないのですが、若いメスを囲うことになってしまって、ホロさんぶーたれてますがw
ニョッヒラの湯宿の主人として、同じニョッヒラの村の人たちにも十年以上経ってようやく仲間と認められはじめ、ベタ惚れの嫁さんとイチャイチャし通りの充実した毎日を送るロレンス。まさに、人生謳歌してるなあ。
それに比べたら娘が駆け落ちしてしまった、なんて些細な事ですよ、うん。……やっぱり、傍目にはあれは駆け落ちなんだよなあ。いいじゃん、相手は可愛いコルなんだから、と割り切れないロレンスの父親としての葛藤が、「おかわいいこと」なのですが。
いつかコルが戻ってきて、宿を継いでくれてしかも娘も貰ってくれるとか、将来設計としても最高のはずなんですけどねえ、理屈じゃないんだなあ、これ(苦笑


シリーズ感想

ウィッチハント・カーテンコール 超歴史的殺人事件4   

ウィッチハント・カーテンコール 超歴史的殺人事件 (ダッシュエックス文庫)

【ウィッチハント・カーテンコール 超歴史的殺人事件】 紙城境介/文倉十 ダッシュエックス文庫

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祭りの最中、少女が炎の海に没した。密室かつ衆人環視、そのうえ千年前の伝説を模倣した形で。魔女の手によるこの事件に、新米騎士ウェルナーと『魔女狩り女伯』ことルドヴィカが挑む。だが二人は知らなかった―事件の裏に眠る超歴史的真実の存在を。さらに追い打ちをかけるかの如く、ルドヴィカの前に異端審問官の少女・エルシリアが立ちはだかる。旧友にして天敵同士の二人は、とある悲劇を共有していた―少女達の対立、魔法に彩られた事件、千年間解かれなかった謎。そして偽りの真実が牙を剥いた時、少年は己が正義の在処を知る。第1回集英社ライトノベル新人賞“優秀賞”。精妙にして峻烈なるファンタジー・バトル・ミステリ!!
千年の間解かれなかった謎、それはこの日この時、彼女に解かれるために用意された謎だった。祭りの日、皆が見つめるその先で燃え盛る炎に焼きつくされた少女。事故と思われたそれは、千年前の伝説を模倣した殺人事件、それもこの世に十二しかない魔法を使った異端の魔女の仕業である、と。
まさにミステリー。事件の謎を解き、そこに込められた意図を、想いを詳らかにして、真実を明らかにする。これをミステリーと言わずしてなんという。
ファンタジー世界の物語であり、魔法だの魔女だのといった要素が介在するとはいえ、きちんと事前にルールを提示して、筋道立てて謎の発端から事件の発生、混迷の過程を経て、事件の真相を劇的な形で紐解いていく、というこれ以上なくちゃんとミステリーしてましたよ。
特に好ましかったのは、ルドヴィカという少女の真実に対する狂熱である。真実によって世界を正そうとする彼女と、真実を手の内にして世界を手に入れようとする異端審問官のエルシリア。同じ悲劇を共有しながら、その先に選んだ道を決定的に違えた二人。憎みあい、そして愛しあう。お互いに認め合うからこそ、決して許せず、しかし友情を喪わず、だからこそねじ伏せなければならない相手同士。この二人の偏執的と言っていいくらいの真実への狂熱が、物語の粘度を飛躍的に高めてるんですよね。余人には理解できない執着こそが、ミステリーという属性に圧倒的な質量を与えてくれる。丹念に積み上げられた謎とは、人の抱いた想いそのものであり、人間の内面というものを露骨なくらいに具象化したものだと言えるのだから、それを詳らかに開陳する役目を担う探偵は、それに相応しい人傑であり、人の闇の体現者でなければならない。それを、この二人は見事に成立させている。否や、その二人の対立こそが、それを成立させていると言ってもいいのか。
常にある種の弱さを抱え込んでいるルドヴィカよりも、個人的にはエルシリアの狂奔の方が惹かれるものがあるかなあ。あれほどルドヴィアに焦がれながら、その焦がれを殺意へと転換しなければ正気を保てないほどに至ってしまっている彼女。その行動は、ルドヴィカの考え方そのものを全否定しているかのようでありながら、どこかそうであって欲しいと願っているようにも見える。友情は確かにそこにあり、しかしだからこそそれを踏みにじって殺してあげたいと、切に願っている様は明らかに矛盾の中にいて、恍惚としている。彼女もまた純然たる殺し愛の信徒ではなかろうか。こういう複雑怪奇に入り組みきった憎愛の輩は、好みドストライクなのよねえ。しかし、だからこそ彼女は孤独であり続けなくてはならない。彼女に共感するものを、彼女は決して許さないだろうから。
しかし、ルドヴィカにはこの世でもっとも純朴で真っ当な正義が着いた。あらゆる秩序をかなぐり捨てて、ルドヴィカを信じた正義がそこにいた。まったく鈍くさくて、不器用だけれど、だからこそ揺るぎがない、まるで白馬の王子様。愚かで愛しい大馬鹿者。魔女だろうとお姫様だろうと、こんな馬鹿者に肯定されるほどに嬉しい事はなかろうて。得られるのは、自分を信じる勇気だ。自分のあり方を信じることの出来るぶっとい柱だ。
クライマックスは、こうした噴き出るような情熱が場を炎上させ、盛りたてる。激情のぶつかり合いが、秘密の暴露の場を演出する。そして、探偵の独壇場だ。見せ場としてはこの上ない。
ラストに至るクライマックスの怒涛の展開は、ある程度謎の真相が予想できたにも関わらず、大いに沸き立たせてくれたのではなかろうか。手に汗握る最終局面であり、ふとした瞬間吹き込んできた清涼な風を感じたような、ラストシーンだったんじゃないでしょうか。
実に狂と熱の乗った良いミステリーでありました。見せ方、心得てたなあ。

ストレンジガールは甘い手のひらの上で踊る 3   

ストレンジガールは甘い手のひらの上で踊る (MF文庫J)

【ストレンジガールは甘い手のひらの上で踊る】 森田季節/文倉十 MF文庫J

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一色佐奈は、地下鉄が好きなちょっと変わった女の子。そんな彼女は今、クラスメイトの浦上彰人に恋をしていた。ところが彼には、万里花という美少女の幼馴染がいることを知る。二人は何かの秘密を共有していたようだったが、恋敵と思っていた万里花の協力もあり、彰人とより親密になることができた。そんなある日、彰人から秘密を打ち明けられる。―それは古い集落に代々伝わる不思議な風習。彰人と万里花、二人の秘密の中に部外者の佐奈を迎え入れたことで、物語は大きく動き出す―。誰が彼女を殺したのか?苦して甘い、トライアンギュラー恋愛ミステリー。

ふわふわと綿菓子みたいな甘やかさの一方で、ヌメるような粘っこさが付きまとい、サッパリとしているようでドロドロの感情が渦巻いている。ほろ苦く、甘酸っぱい。森田作品の中でも特に先鋭的だったこの雰囲気。懐かしいなあ、まるで【ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート】じゃないか……と思って読んでたら、んんん!? なんか聞き覚えのある曲名が出てきましたよ? あれ? タマシイビトとかイケニエビトとかいう単語が出てきましたよ!? ってか、この作品のイラスト文倉十さんじゃないか! 
まさかの【ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート】、【プリンセス・ビター・マイ・スウィート】に続く第三作でした。いや、気づかんですよ。六年ぶりですよ。しかも、タイトルにビター・マイ・スウィートついてないし。
しかしこれ、趣味で個人的に書いていたモノと後書きで述べていはりますけれど、なるほどこれはとことん好きな様に書いてる感が諸々出ていて、思わず色んな意味のこもった半笑いが浮かんでしまいました。この、万華鏡みたいな恋愛感情のややこしいことややこしいこと。その複雑怪奇さは、当人たちを含めて読んでいる人にもはっきりとした答えを与えるつもりが、そもそも存在していないあたり、潔いと言っていいくらい。ただ青春を謳歌する若人の煩悶を描くだけならば、もうちょっとわかりやすい矢印や、ベクトルとなるんだろうけれど、そこに伝記的な要素が絡むことによって本来の青春模様の中では生じ得ない秘密の共有が、彰人・佐奈・万里花の間に生まれてしまい、それが想いの進む進路をグニャグニャに捻じ曲げていくのである。非日常であるものが日常化することによって、容易に越えることが出来てしまった心理障壁。そこで犯してしまった罪は、化け物になったからではなく、恋する少年少女であり続けようとしたからこそであり、しかし罪を犯す事で彼女たちは純粋な恋に耽溺することができなくなってしまうわけだ。しかし、罪の意識を抱えながら後悔のない彼女たち。立ち止まって近寄ることができなくなっても、お互いにずっと見つめ合っていればそこに改めて生じるものもある。さて、すべての元凶であり罪を犯すことを促し、行き詰まりかけていた彼らを送り出すことにした白は、それを見て苦笑い。万里花への声援は、さて純粋な好意なのかちょっとした意趣返しなのか。
改めてもう一度、今度は純粋に三人による三人のための三角関係を修羅場ってほしいものである。個人的には、旧悪女にして乙女たる万里花の巻き返しに大いに期待したい所。なんだかんだで散々に割食い続けてたのは彼女なんだから、もう好きにしていいと思うのよ。そうして生じる不幸は、きっと良い不幸なのだから。

森田季節作品

うちのメイドは不定形 2 5   

うちのメイドは不定形 2 (スマッシュ文庫)

【うちのメイドは不定形 2】 静川龍宗:森瀬繚/文倉十 スマッシュ文庫

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「もっともっと美味しいごはんを作ってさしあげますからね! 」
優しくて献身的で家事万能、だけど人外。不定形のメイドさん、テケリさんが新井沢(あらいざわ)トオルのもとにやってきてから一ヶ月ほど経った。魔術師を名乗る級友のあさひ・ピーバディとその使い魔バロールは、五月の事件後も彼らの家に入りびたり、ほとんど居候状態。あさひはテケリさんと、トオルはバロールとそれぞれ交流を深め、クラスメイトを自宅に招待したりと、楽しくもウィアード(奇妙)な感じの日々が続いていた。
そんな日常を、一本の電話が大きく揺るがせた──『お前の家、見張られてるぞ』。意外な人物の到来と、一方的に告げられた突然の別れにトオルが叫ぶ時、とっておきの魔女の切り札、ピーバディ家第二の遺産が<出撃>する! 語られなかった数多くの謎が解き明かされていく中、長らく続きが待ち望まれてきた不定形メイドとご主人様の物語が今、改めて開幕!
……なにこれ、すんごい面白いんですけど!
前巻はあまりにもテケリさんの可愛らしさが尋常ではなかったので、期間があいてついついそっちの印象ばかりが焼き付いてしまっていたんだけれど、やっぱこれ単にテケリさんを愛でるだけの作品じゃありませんわ。基礎的な部分のスペックが無茶苦茶高い。ほんわか日常、テレッテレなラブコメ、ドライブ感タップリのアクション、陰惨でドロリと滴るようなダークさが垣間見えるオカルトサイド、不気味で得体のしれない薄ら寒さを感じさせるクトゥルーもの。これらの要素が見事にブレンドされて濃厚に味わえる。読み終えた時の充実感、満腹感はちょっとパないです。一巻の段階でも相当にレベル高かったと思ってたんですけれど、二巻で本格的にあさひがバロールとこっちサイドに加わったことで、完全に結実した感があります。いや、第一巻でこうしてみると見事にプロローグだった、という他ないですよ、これ。
重ねてイイますけれど、あさひの本格加入が実に大きい。彼女が何気に、トオルとはまた違ったテケリさんのご主人様として大きく機能してるんですよね。厳密には居候でお客様ではあるんですけれど、事実上家族の一員みたいになって、テケリさんとも心を許しあった関係になったことから、あさひの女主人としてのポテンシャルが見事に開花してるんですよね。あさひのアプローチがまたテケリさんに違う輝きを与えてるんだなあ、これが。
何気に心地いいのが、登場人物同士のインテリジェンスに富んだコミュニケーション。なんか、何も考えてないような頭の悪い会話が無いんですよね。そういうの、別に嫌いではないんですけれど、こんな風に思索と知性を丹念に織り交ぜたキャッチボールを、構えず気楽にポンポンと投げあう軽快さは、ほんと見てても気持ちいいんですよ。あさひとトオルのそれなんか、特に反応が敏感で会話が進めば進むほど喋っている会話の内容とは別に、お互いの人間性への理解が深化していくさまが垣間見えるようで、変にイチャイチャしているよりもエロく思えてくるくらい。知的な会話の応酬って、どうも相手の深い部分を弄り合うようなところがあって、それが噛み合えば噛み合うほど快楽を貪り合ってるような雰囲気すら感じるんですよね。
その上で、トオルがあれで結構あさひに気を使っているというか、特別扱いしている、自分の中で特別な存在として大切にしている節が随所に垣間見えるものだから、読んでてもなんだかドキドキしてくるんですよね。そうした彼の扱いというのは、勿論あさひも敏感に感じ取っていて、満更でもなさそうだったのが段々あてられたみたいに彼女の方もあたふたしはじめる様子がもう可愛くて可愛くて。
基本的に自立し孤高を旨とした、冷徹でウィットに富んだ合理的な女性だからこそ、感情的に揺れ動いたり、自己保身を顧みない一途さを見せたりすると、威力がとんでもないことになるのです。
テケリさんが純真無垢な天然の輝きを放つ可愛らしさだとするならば、あさひのそれは丹念に磨き上げられた機能美的な可愛らしさの極地だなあ、と思わず何度も首肯してしまうような素晴らしいお話でした。
あさひの過去もそうなんだけれど、これって何気にバックグラウンドが相当に暗いっつーか黒いっつーか。ちょっと気を抜いて緩んでたら手痛いダメージくらいそうな気配がビンビンと漂ってきたので、いい意味で緊張感を感じる展開になってきました。だいたい、主人公からしてこれテケリさん関係なくかなりヤバい秘密を抱えているみたいだし。この子、もしかして本格的に壊れてるというか、破綻してるんじゃないのか?
どうやらキーワードは「家族」という関係のようで。母親が与えてくれた示唆からすると、むしろ関係がより深まるほどドツボに嵌りかねない危険性が窺い知れる。もう半ば擬似家族的な関係になっているテケリさんとあさひだけれど、家族のなることの危うさが指摘されたとなると、むしろテケリさん、そしてあさひとの関係はより積極的に近づいていく事になりそうな予感。この二巻を読む前は、テケリさんはともかくとして、あさひはもっと適度に距離を保つ関係になると思ってたので、この急接近は嬉しい悲鳴だなあ。どうもこの段階ですでに、二人ともお互いのために命を消費するに躊躇もなく、しても全く後悔しないだけの情が絡まっているようですし。そして、何気に実際に二人とも自分の命を消費する手段を有していているのがたちが悪い。いや、実にたちが悪くて素晴らしい。
どうやらこのシリーズ、短くまとまるものではなく、それなりに大きな物語になっているようで全五部構成。しかも一部が一巻ではなく、この二巻で第一部の真ん中らへん、というのだからいやはや、これは思いの外長く楽しめそうじゃないですか。嬉しいなっ、嬉しいなっ。
さすがにこうなると次の巻が出るまでまた何年も待たされるということはないでしょうし、年に三冊くらい、せめて年内にもう一冊出てくれたら嬉しいなあ、などと期待したり。
長らく待たされたものの、これだけ面白ければ十分です。期待していた範囲を大きく上回る、滅茶苦茶面白いお話でした。テケリさんもあさひも可愛いよっ!!

1巻感想

グロリアスハーツ 23   

グロリアスハーツ2 (富士見ファンタジア文庫)

【グロリアスハーツ 2】 淡路帆希/文倉十 富士見ファンタジア文庫

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シローフォノ軍の研究機関『クレイドル』にて生まれた、怪異の力を持つ人型の生命兵器―『贋人』。贋人として生まれた少女・ユズカと、ユズカを人間にしたいと願う少年・アルトゥールは、贋人の秘密を知る研究者・ディニタ・イングリスの手がかりを探して、ジャッロ・コリーナ市へ向かう。街へ入ると早々に宅配の仕事を頼まれるのだが、その届け先は誰もいない廃工場地区だった。しかも、そこで二人を待ち受けていた人物は…!大切な人を失い、守りたいという強い願いが、少年の中に眠る七つの龍を呼び起こす!本格ファンタジー。
なーぜーだーーー!! 1巻でこれは良作始まったーー! と思ったら、二巻で気がついたら完結してしまったんですが。何故!? 主人公の中に眠る7つの龍の力、結局全部どころか半分も覚醒しないまま終わっちゃったよ。他の四頭の龍の名前がなんだったのか、私気になります!!
残念ながら、目をキラキラさせながら「私、気になります!」とはいえませんね。きっと目は淀んでるに違いない、どよ〜〜ん。
えーー、三冊も待たずに一巻の段階で打ち切り決定って、そこまで売れなかったの? 確かに地味目ではあったものの、むしろ前作と比べてもイロイロとエンタメ要素を悪くない形で吹き込んで、良い感じになってたと思うんだけどなあ。それでいて、大切な幼馴染を失って傷心を抱えた二人の少年少女が、互いに支えあい身を寄せ合って生きていく、というシチュエーションがロマンティックで、すっごく素敵だったんだけどなあ。
と、未練がましくしていても、終わってしまったのは仕方ない。作者も苦渋のことだったでしょう。にも関わらず、上手く途中の展開を繰り抜いて一足飛びに結末にソフトランディングを決めたのは見事な話のたたみ方でした。
謎の情報屋だったミヌーがとっとと正体を表したり、探し人だったディニタがあっさり見つかり、というか向こうからコンタクトを取ってきたり、と確かに急ぎで話をまとめてきた、という感もあるはあるんですけどね。それでも、無理やり収拾をつけたというような乱暴さもなく、ディニタの一途な思いとアルのユズカを思う愛情の方向が上手く重なって、実は寂しがり屋だったミヌーとユズカの友情も相俟って、皆が一つの目的に手を取り合って協力し、奪われていた絆を取り戻していく話の流れは、非常に綺麗なものでした。
これまで兄妹同然に過ごしてきたアルとユズカが、お互い意識しまくる甘酸っぱいくも、幼馴染の喪失を挟むことによる切なさがしっとりと二人の間を取り巻く、情感たっぷりの恋の芽生え描写はもっと堪能したかったんですけどねえ。それでも、孤独な生き方をしてきたミヌーとユズカが心を通わせて友達同士になっていく様子を、限られた容量のなかでしっかり描いてくれたのは特に好印象。こういうのを蔑ろにしない丁寧さは、ほんと好きだなあ。
贋人組織の暗躍など、結局そのままになってしまった設定なども散見され、面白くなりそうだっただけに返す返すも終わってしまったのは残念だったのですが、一先ずアルとユズカの旅路が哀しみから解き放たれて、良かった。次回作は、なんとかもうちょっと続いて欲しいものです、切実に。

一巻感想

グロリアスハーツ3   

グロリアスハーツ (富士見ファンタジア文庫)

【グロリアスハーツ】 淡路帆希/文倉十 富士見ファンタジア文庫

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シローフォノ軍の研究機関『クレイドル』にて生まれた、怪異の力を持つ人型の生命兵器―『贋人』。贋人として生まれた少女・ユズカと、ユズカを人間にしたいと願う少年・アルトゥールの二人は、贋人の秘密を知る唯一の人物と言われる研究者・ディニタ・イングリスの行方を探している。ユズカの冷気を操る能力『氷姫』を利用して、宅配業を営みながら旅を続ける二人だったが、ある日立ち寄った街で贋人の心臓『マテリエ』を狙う『贋人狩り』に遭遇し―。旅立ちは三人、大切な人を失ったあの日、守りたいと願う激情が、少年の中に眠る7つの龍を呼び起こす本格ファンタジー。
うむむむ、いいなあこれ。淡路さんは前作シリーズの【花守の竜の叙情詩】で確実に化けたよなあ。あの情感あふれるお伽話を様々なハードルを乗り越えて見事に完成させたことで、なんか物語を書く上での自分なりの独自のナニカを掴んだような節があるんですよね。言うなれば、登場人物たちの感情の置所、というようなものを。
この【グロリアスハーツ】にしても、ハイ・ファンタジーな純愛ラブストーリー色が濃厚な前作からかなりガラリとスタイルを変えているにも関わらず、これが淡路帆希の物語だ、という一番根底に流れる部分はキッチリ出してきているのです。
つまるところ、この【グロリアスハーツ】の見所もまた、アルとユズカという二人の少年少女の繊細で複雑な感情の結び合いなんですよね。上手いなあ、と思うのが二人の関係が二人で完結しているのではなく、今はもう居ないメリッサという三人目の存在が大きく影響しているところ。メリッサがかつて居て、今は居ないという状況こそが、アルとユズカの関係を過去に縛り付けると同時に未来を志向させ、互いに必要以上に寄り添えないもどかしさ壁を聳えさせると同時に絶対に離さず守るのだという絆を強くさせている、そんな後悔と希望、退き求める混沌とした感情が二人の間をひっそりと行き交っている。複雑で繊細な感情の縺れと結びつきが二人の関係の今を成り立たせている。これが物語全体にしっとりと濡れたような味わい深い情感を染み込ませていて、非常に面白い。
それに、二人の関係というのはこの状態に停滞しているわけではないんです。メリッサを失った傷の痛みを乗り越えよう、傷ついた相手を癒そうという想いや意思が、常に二人を前に進ませている。進んでいると言う事は、相手への思いもまた変化していくということ。大切に想う、という意味もまた決してその場に留まるものではないのです。相手にとって一番大切だった者、メリッサを助けられなかった、守れなかった、という負い目はお互いを一番深いところまでは踏み込ませないストッパーみたいになっているのだとしても、です。
大切な人、という意味をこれまでと全く違う視点で捉えた瞬間、心の色彩はガラリと壁紙を入れ替えてしまう。守らなければ、という想いの意味すらも変わってしまう。そんな常に一緒にいた二人の心に男と女という意味が加わった瞬間の、また素晴らしいこと素晴らしいこと。
なんか突然、妹としてしか見ていなかったユズカを女の子として意識してしまったアルの初々しい反応もまた微笑ましいのですが、それ以上にいつも冷たくそっけない態度でアルを辛辣に扱っていたユズカが、あんなことをしでかすとか!! ……アルはもう死んでしまえばいいと思うよ? なんでお前、そこで女みたいな悲鳴をあげてんだこら。このシーンのイラストは、もうべらぼうにエロくて悶絶しましたよ。糸、糸ひいてますよ!?

ああもう、この二人、いいわー、大好きだわ。二人を取り巻く環境は、怪しげな組織が暗躍を始めてどんどん不穏さを増しているのですが、喪失の痛みに耐えながら、手を握り合って前に進もうとしているアルとユズカが、どうか幸せになれますように。二人のハッピーエンドを見届けるまで、これは満を持して追いかけたい良作でした。ほえほえ

淡路帆希作品感想

狼と香辛料 17 Eplogue5   

狼と香辛料 17 (電撃文庫 は 8-17)

【狼と香辛料 17 Eplogue】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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ホロとロレンスの旅、感動の結末とは──
シリーズついに最終巻が登場!


『太陽の金貨』事件から数年。元羊飼いのノーラと女商人エーブは、ホロからの手紙を手に、北へと向かっていた。旅の途中、錬金術師ディアナも同じ馬車に乗り込んできて──。
 果たしてホロとロレンスは、幸せであり続ける物語を紡ぐことが出来たのか? 第16巻の後日譚を描く、ファン必読の書き下ろし中編のほか、電撃文庫MAGAZINEに掲載された短編3編も収録。
 剣も魔法も登場しないファンタジーとして多くの読者に愛された賢狼と行商人の旅の物語が、今巻でついに完結! 二人の旅の結末を、ぜひその目で見届けて下さい。

おめでとう おめでとう

お幸せに 末永くお幸せにっ


完全無欠のハッピーエンド。将来に渡ってもかけらの不安も残さない、本当に本当の「めでたしめでたし」。
長く付き合うことの出来た作品が終わってしまう時は、もう彼らの姿を見られないのかと寂しくなるものなのだけれど、不思議とこの【狼と香辛料】は寂しいと感じることがなかった。ホロとロレンス、この二人のコンビが大好きだったからこそ、二人がこのような最良の最終回を迎えることが出来たという事への嬉しさと幸福感で胸がいっぱいで、寂しいと感じる隙間も残っていないのだ。ただただ、彼らへの祝福ばかりが湧き上がってくる。
おめでとう お幸せに
思えば、ホロとロレンスがこんな幸せな旅路を手に入れることができるなんて、本編がはじまった当初は思いもよらなかった。いや、はじまった当初どころか、それこそ巻数が二桁を数えるまで二人の旅は別れを以て終わるのだと思っていた。それが決定的に変わったのが十巻の老羊との出会いであり、14巻で再会したエルサの強烈な指摘だったのでしょう。物語が実質16巻で終わったことを思えば、本当にギリギリまで二人の関係は何重にも予防線が敷かれたものだったと言える。それだけ、ホロとロレンスの関係というのは不安要素が大きく、悲観的にならざるを得ないものだったのかもしれない。この16という巻数は、理性的で賢明で思慮深く故にこそ臆病だった二人が、勇気を得るために必要な時間だったのだろう。ただ好きで好きでたまらなくていつまでも一緒に居たいという気持ちを一番の最優先にするだけの勇気を。
勿論、抜け目のない二人である。その気持を気持ちだけの空回りとしないだけの担保と見通しを手に入れてからこその勇気だったわけだけれど。

それにしても、見事なくらいのおしどり夫婦っぷりでした。夫婦の仲の秘訣って、旦那さんの献身さなんだよなあ。むしろ旅をしている時よりもロレンスはホロを甘やかすようになっているようにすら見えます。ホロはホロでロレンスの献身に甘え切るでもなく、むしろ旅をしていた頃よりも我侭言わなくなってるんじゃないかなあ。お互いにぴったりと寄り添っているにも関わらず、寄り掛からずに支えあっている様子はまさに仲睦まじい夫婦そのもの。
コルが戻ってきてくれて、二人を支えてくれてたのも嬉しかったなあ。
個人的にロレンスとホロが定住して店を開くとしても、物を売り買いする商家というのはいまいちイメージがまとまらなかったんですよね。それだと、どうしてもホロとロレンスが幸せに過ごしているイメージが出てこない。まあ大店のやり手女将と大旦那、という構図は眼に浮かぶのだけれど、ちょっと日々が忙しなさすぎて、二人の時間もちゃんと取れなさそうという感じがして。
その点、ロレンスが選んだ湯屋、温泉旅館というのは完全に盲点でした。なるほど、これなら人ならざる身のホロが長きに渡って、それこそロレンスが去った後ですらずっと関わり続ける事ができそうじゃないですか。何より、ホロとロレンス二人が一緒になって切り盛りできる。あの冬の街のうら寂しい宿屋などよりもよほど暖かく賑やかな雰囲気の中で。幸せな日々が続いていくのが容易に思い浮かべることが出来る。
旅の中で出会った友人たちを、笑顔で迎える事が出来る。
まさに、最良の選択だったのではないでしょうか。
そして、ラストのとびっきりのサプライズ。ああもう、最高だ。思いつく限り、最高のハッピーエンド。

まさにライトノベルという分野に燦然と輝く「名作」であり「大作」だったと思います。素晴らしい作品を読ませていただいて、ありがとうございました。

って、短編の感想とか、前半の過去の登場女性陣が集まってのガールズトークについてなど書けずに話が終わってしまったw
これ、短編は巻の前の方に纏めておいて欲しかったよなあ。どれも短いながらも素晴らしく、またあとがきで作者が触れているように、どこか終わりを感じさせる内容で、前座としても適切だったと思いますし。
にしても、エーブはロレンスの事結構本気だったんだな。いや、確かにそういう素振りをはっきり見せていましたけど、それ以上に商人としての我が強かったもんなあ。ただ、エーブがそれをしまったなあ、とちょっと悔しい思いをしてるとは思わなかった。6年経った彼女は相変わらず狼でしたけど、以前よりもだいぶ余裕があっていい意味で貫禄ついた感じです。
ノーラの方も深みが出ててさらに魅力的になってたなあ。彼女がディアナに語った話、抽象的なんですけど、後半読むとね、何となく気持ちがわかった気がします。もう一度あの二人に会いたい、ただ会いたいという気持ち。
ホロとロレンスの幸せそうな姿は、見ているだけで幸福を分け与えて貰えるような気がするから。ただ見ているだけで、不安や迷いが晴れていき、目の前が開かれていくような気持ちにさせてくれるから。
だからこんなにも嬉しいのだ。祝福してあげたいのだ。

おめでとう いつまでもいつまでもお幸せに  幸せになってくれて、ありがとう。

シリーズ感想

こうして彼は屋上を燃やすことにした 5   



【こうして彼は屋上を燃やすことにした】 カミツキレイニー/文倉十 ガガガ文庫

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彼氏にフラれた私・三浦加奈は、死のうと決意して屋上へ向かう。けれどそこで「カカシ」と名乗る不思議な少女、毒舌の「ブリキ」、ニコニコ顔の「ライオン」と出会う。ライオンは言う。「どうせ死ぬなら、復讐してからにしませんか?」そうして私は「ドロシー」になった。西の悪い魔女を殺すことと引き替えに、願いを叶える『オズの魔法使い』のキャラクターに。広い空の下、屋上にしか居場所のない私たちは、自分に欠けているものを手に入れる。「鳥肌モノ」と麻枝准が賞賛した、心に残る青春ジュブナイル。

わはーーー。これはやられた。好みにどストライク。Marvelous!!
真っ向勝負の青春ド直球なお話なのだが、勢い任せのど真ん中じゃあないんですよね。言うなれば外角低めのストライクゾーンぎりぎりに唸りを上げて放りこまれたストレート。タマの切れ味と制球力が合わさった見事な一球というべきか。
青春モノらしく、此処に出てくる若者たちは皆、心に傷を負っている。自分を粉々にして死んでしまいたいと思い詰めるくらいの痛みに打ち震えている。彼らの心は繊細で、ガラスのように脆い。支えを無くし、立ち上がることすらもう出来ず、だから彼らは復讐で痛みを紛らわし、呪いを拠り所にして自らの弱さを耐えしのび、「その日」が来るのを指折り、屋上という思い出になってしまった場所で待ち続けていた。
心のないブリキ。知恵のないカカシ、勇気のないライオン。
自らの欠損をオズの魔法使いになぞらえた三人は、ドロシーのいないブリキとカカシとライオンのはずだった。彼らのドロシーはもういなくなってしまっていて、彼らは永遠に欠けたものを埋められない三人だったはずなのだ。
そんな終わりを待つばかりだった三人の前に現れた「三浦加奈」を、なぜ彼らはドロシーと呼んだのだろう。
予感があったのだろうか。それとも、心の何処かで期待をいだいていたのだろうか。ただ、道連れが欲しかったのだろうか。彼らがいだいていた死への渇望は、決して若者特有の流行病のような空気にあてられたものではなく、自身の愚かさと無力さに端を発した悲劇に基づく絶望であり、自分自身への憎しみだ。はたして、彼らがフラフラと現れた見知らぬ自殺志願者に、何かを期待したとも思えない。死を望む理由に上下の格を付帯するような子らでもないし、実際カカシはドロシーの悲嘆に親身になって共感してくれる。それでも、彼らがドロシーに何か特別なものを感じたとは思えない。
だが、三浦加奈は、しかし正しく「ドロシー」だった。

私がこのお話を特に好みに思えたのは、ドロシーを初めとしたこの子たちの感情が、演出過剰とは程遠い凄く率直で謙虚なものだったからなんですよね。この手の青春モノって、どこか作者自身が酔っ払って登場人物の内面にどっぷり溺れてしまっているパターンが結構合って、そういうのはどうもうんざりしてしまうのですが、これはその辺微妙に抑制がきいてる感じなんですよね。冷静とまでは行かないまでも、ちゃんとラインは保っている、ような。
彼らは一生懸命で必死なんだけど、その必死さがとても素朴で分かりやすい。ブリキたちの痛みもよくわかるし、そんな彼らの痛みを目の当たりにして泣きそうになりながら、それでも走りまわるのをやめられないドロシーの矢も盾もたまらないといった気持ちも凄く率直に伝わってくる。えらく上から大上段に切って捨てることもなく、ドロシーからライオンたちに投げかけられる視線も、ライオンたちから帰って来る目線も、何より読んでいるこちらとの目線も決して上下に差が出ることなく目が合うのです。情緒に訴える話でありながら、根本的なところでロジカルであり、ライオン、カカシ、ブリキの関係性とかかえる痛みが一気に連鎖し一綴になっていく、実は整いまくった構成力もまた、感性だけに任せた暴走気味のものとは程遠い作品で、理性と感情のバランスがもう絶妙なんだわ。胸にダイレクトに突き刺さってくると同時に、所々で「これは巧い!」と唸らされるのだからたまらない。特にラストのドロップキックのシーンなんか、状況自体は感情に任せまくったハチャメチャなシーンなのだけれど、物語全体で見るならば、回り回って皆の後押しを受けてドロシーが最後に綺麗に片をつける、気持ち的にも物語の構成的にも、スカっと清々しいこれ以上ない見事な締めだったんですよね。
一人ひとりでは耐えられない痛みでも、誰かと分かち合うことが出来れば、きっと乗り越えられる。痛みを抱えているもの同士だからこそ、分かり合える。きっと居場所は見つけられる。
死にたくなるほど、自分を殺したくなるほど生きることに一生懸命な人たちの姿は、何故か無性に愛しい。そんな彼らが、心から笑い合える日が来たことが、この上なく嬉しい。
文倉さんのイラスト。最後の挿絵は、もう最高でした。
新人作品ということで、まだ乱暴極まりない部分も結構あるんだけれど、それを補って余りあるほど美味しい作品でした。御馳走様。次の絶品も期待しております。

狼と香辛料 16.太陽の金貨(下)4   

狼と香辛料〈16〉太陽の金貨〈下〉 (電撃文庫)

【狼と香辛料 16.太陽の金貨(下)】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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行商人ロレンスと狼神ホロの旅、本編ついに感動の最終章!!

 デバウ商会によって新貨幣が発行され、自由と希望の町となるレスコ。ロレンスはそこで、ホロと共に店を持つことを決めた。しかしその矢先、コルのズダ袋を持った人物が現れ、二人はデバウ商会の内部分裂による事件に巻き込まれることとなってしまう。ホロは、禁書を得るためキッシェンへ。ロレンスは、デバウ商会に追われミューリ傭兵団とともに雪山を越えることに。バラバラになってしまった二人の運命は!?
 行商人ロレンスと狼神ホロの旅を描く新感覚ファンタジー、ついに本編感動のフィナーレ!

最後の最後に、ロレンスの今後の生き様を問う話になったなあ。
ホロと一生添い遂げる結びつきを得て、商人の町として新世界を拓こうというレスコにて、店を構える。ロレンスが夢見た理想が全部叶おうとした矢先だったからこそ、ロレンス個人の夢ではなく、彼が商人として抱いてきた理想や矜持そのものを否定されるような現実を前にして、彼が今後ホロと生きていく上でどのように人生を歩んでいくつもりなのか。確かに、最後を飾るには、読者としてこの巻のページをめくり終えたあとは、ホロとロレンスの行先をただ思い描きながら見送るしか無い身としては、本当のどん底に陥ったロレンスがその上でどんな選択をするのかを知る事は、安心と確信を得る事になるんですよね。ただ、夢を叶え理想を手に入れただけだと、いつかそれが破れ去った時にもしかしたら二人の人生に不幸が訪れるんじゃないかと一抹の不安が残ってしまう可能性もありますし。途中で、散々ホロとロレンスが煽りあっていた不安でもあったわけで。
でも、こうして先にロレンスが底の底を目の当たりにしてなお選んだ決断を見たならば、そしてホロもまた自分より先に連れ合いが逝ってしまう確実な未来に怯えるだけでなく、あの男を叱責したような想いがあるのなら、もう安心して見送れる。
その意味では、この最終巻はロレンスとホロの旅路の先に見える懸念という懸念を全部払拭する事に終始した巻だったのではないだろうか。
なんとも、実直にして実務的な話じゃないか(笑
まあだからこそ、後日談はやっぱり必要だったと思いますよ。ロレンスとホロのロマンスを見守ってきた身としては、幸せの確信と確約ばかりではなく、余韻みたいなものも欲しかったですしね。庶民としては、契約書だけじゃなくちゃんと現物もしっかり自分の目で見て触りたいものなんですよ。

しかし、ロレンスとホロのラブラブっぷりはもう行きつくところまで行ってしまいましたね。状況が危急続きだった事もあるのでしょうけど、普段みたいな迂遠な言い回しによる想いの駆け引きでイチャイチャという流れじゃなくて、もう直接、ダイレクトに、誤解の仕様のないくらいストレートな愛の言葉をぶつけ合うぶつけ合う(笑
特にホロのデレっぷりときたら。もう繕うの完全にやめてますよ。周りにも隠そうとしないし。それだけ、切実だったのかもしれませんけど。状況的に。
フラフラと深みにハマっていこうとするロレンスを、今回必死に服の裾を掴んで引っ張って、止めよう止めようとしてましたしね。あの「わっちは主のお姫様なんじゃろう!?」発言には、ホロのデレっぷり以上に必死さが感じ取れましたし。
でも、そうした必死さが逆にホロが相棒や恋人を通り越した「奥さん」っぷりを発露しているようで、ちょっと嬉しかったりニヤニヤしてしまったり。
ロレンスとの旅路で色々と考え方の変化を得てきたホロだけど、考えてみると一番彼女のお尻を蹴っ飛ばしたのって、あの教会のエルサになるんですよね。二人の仲を、ごちゃごちゃ言ってるけど結局愛し合ってるんでしょ!? とズバッと指摘して二人を後戻りできなくさせたのもエルサですし、今回ホロに最後の一押しをくれたのも、登場すらしていない彼女だったわけで。エルサ、よい仲人役になるぜ、これ(笑

当初は、いや中盤まで良い別れを以て終わることを予感させていたロレンスとホロの二人の旅が、こんな形で終わりを迎え、伴侶として新たな旅に出立していく様を見送る完結を読むことになるとは、こんな幸せな、最良の形で終わりを見る事が出来るとは思ってもいませんでした。
傑作でしたよね。ライトノベルの中で確かにひとつの金字塔となった作品だと思います。まだもう一つ短篇集が出るようで、そこで後日談の方も伺えるようなので、そこでの余韻を心待ちにしつつ、一先ずページを閉じたいと思います。

シリーズ感想

狼と香辛料 15.太陽の金貨(上)4   

狼と香辛料XV 太陽の金貨<上> (電撃文庫)

【狼と香辛料 15.太陽の金貨(上)】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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 bk1

 ホロの故郷の仲間の名を冠す『ミューリ傭兵団』。彼らに会うため、ホロとロレンスは鉱物商・デバウ商会が牛耳るレスコの町を訪れることになる。
 デバウ商会は北の地で大きな戦を起こすつもりらしく、その目的は北の地の征服とも、鉱山のさらなる開発とも言われていた。そのため商会は町に武力を集めているというのだが、ロレンスたちが訪れた町には不穏な空気はなく、意外にも人々は活気に溢れた様子だった。訝しがるロレンスたちは、ミューリ傭兵団が滞在する宿屋を目指すことにする。そこで二人を出迎えた人物とは──?
 
 ヨイツの森はもう目前。北を目指す狼神ホロと行商人ロレンスの旅は、いよいよ最終章へ突入する──!


二人の旅も、ついに此処まで来たのかと思うと、ひらすらに感慨深い。ロレンスとホロ、二人の旅が始まったその当初から、旅はいつも終わるもの、とロレンスもホロも自分に言い聞かせるように繰り返してきた。それはまったくの真実でしかなく、彼らの言うとおり、二人の旅は今終わりを迎えようとしている。
でも、その旅の終わりは二人が思い描いていたカタチとは、随分と違うものになってしまった。果たして、ロレンスとホロは二人の旅の終わりがこんな結末を迎えるなど、想像していただろうか。いや、想像はしていたのだろう。ロレンスが、夜もふけた頃に将来持つ店の想像図を絵にして描いていたように。
だが、ホロもロレンスも、その夢のような結末を、望んではいけないものとしてそっと脇に押しやり、見ないふりをしていたのだ。叶ってはいけない夢物語のように。思い描けば苦しくなるだけの、現実から遠く離れたお伽話のように。

だから、これは叶ってしまった夢物語で、覚めない現実の上に顕現した御伽話になったのだ。

確かに、旅は終わるものかもしれない。でも、一つの旅の終わりは、新しい旅の始まりでもあるのだ。新しい旅が始まるとき、二人の進む先は別れているのだと信じていた彼らが、それが故に、今の旅が終わったあとの話を頑なに避けていた二人が、いつしか次の旅路にもお互いが連れ合いとして隣にある事を疑うことすらなくなり、ロレンスがヨイツに付いたその先の事についに踏み込んだ時、あの瞬間にこそ、私は実感したのだろうと思う。
この【狼と香辛料】が終わるのだと。正確には、読み手である自分の目の届く範囲から、遠ざかっていくのだろうことを、取り残されるような寂しさと、親しい人達が行くのを見送るような温かな気持ちと共に。
過去の繋がりのほとんどを失い、新たにまた、旧き友と永遠に再会が叶わないという事実に直面したことで、失意のどん底に陥ったホロ。だけど、ロレンスはそんな彼女につきっきりになって支え続けるのです。お前には、俺がいるのだと、無言で言い聞かせるように。
そんな彼の献身的な愛情に、ホロはやがて立ち直り、いつしか二人が語り合う内容は、ホロの懐旧や、これまでのロレンスとホロの二人の旅の思い出でもなく、これから先の話ばかりになっていく。もう、旅が終わるというのに、先のことばかりを。つい最近まで、先の話を必死に避けようとしていた二人が、過去の殆どを失ってしまったホロが、何の含みもわだかまりもなく、幸せそうな顔を付き合わせて、一緒に未来の話をしているのだ。二人で一緒の未来の話をしているのだ。
だから、終わるのだと実感しても、温かな気持ちになったのだろうと思う。この作品が結末を迎えて、読み手である自分が二人の新しい旅の先を見ることが叶わなくなっても、二人はもう、大丈夫なのだろう。そう、思えたから、だから。

北の地レスコにて、ロレンスとホロは今まで誰も見たことのない新しい時代が到来する瞬間に立ち会うことになる。過去の遺物として置き去りにされてやがて消えていくことを運命として受け入れていたホロの手を、ロレンスは力強く握ったまま離す事無く、自分と共にあることでホロを新たな時代の一員として迎え入れた。
ロレンスと居る限り、ロレンスを伴侶とする限り、ホロは既に滅び去ることが運命づけられた古き時代の遺物という括りからも、抜け出すことが出来たのだ。

「店の名前を考えておけ」
「仔の名前ではなく?」

共に生きるとは、きっとこういう事を言うのだろう。

だからこそ、彼らに訪れる最後の試練は、きっとホロを今を生きるヒトとして、一人の男を愛した女ではなく、滅び去るべき過去の時代の遺物、古き神として葬り去ろうとする意志なのかもしれない。
最後に現れた人物が、ホロとロレンスの旅の始まりに立ち会った人なのだとしたら……。



ロレンスさん、今回ホロのからかい抜きのマジな誘いを片っ端から振っちゃってましたよね。そりゃ、ホロも本気で拗ねるよなあ(苦笑
まあ、当人としては雰囲気にアテられて襲いかかったところ、手痛い反撃をくらってしまった前巻の終わりのアレがトラウマになってしまっていた節があるので、ある意味ホロも自業自得の節があるのですがw
というか、この二人が未だにいたしていない、というのは二人のやりとりからしても、ちょっと信じられないんですけど。

シリーズ感想

うちのメイドは不定形5   

うちのメイドは不定形

【うちのメイドは不定形】  静川龍宗 原案:森瀬繚/文倉十

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ご主人さまの名前は新井沢トオル。メイドの名前はテケリさん。家事万能のテケリさんですが、
たった1つだけ、普通と違っていることがありました。彼女は南極から宅配便でやってきた、
不定形メイドさんだったのです―!クトゥルフ神話を下敷きに、日常を愛する高校生と非日常メイドさん、
そして逆噴射気味の同級生が巻き起こすハートフル・ラプソディ。

や、ヤバいヤバいヤバいヤバい、これはヤバすぎるなんてもんじゃないほどヤバい!!

テケリさんの可愛さが尋常じゃねえ!!

これが、これが、これがメイド萌えってやつなのか!? メイド萌えってこういう事なのか!? 今までメイド萌えって理解はしても実感はしたことなかったんだけど、自分、今はじめてメイド萌えというものを体感したのかもしれない。
メイドをやってるキャラクターに魅せられたことはあっても、それはそのキャラに魅せられたのであって、メイドであることは単なるアクセサリーの一つでしかなかったんですよね。別にメイドじゃなくなってもなんにも問題はなかった。どうでもよかった。
でも、テケリさんは違う。テケリさん個人が素晴らしいワンダフルなキャラクターであることは疑いようもない事実なのだけれど、それ以上にテケリさんはメイドさんであるからこそテケリさん、メイドさんとテケリさんは不可分にして分離不可能。テケリさんは嫁にしちゃあ台無しなんだ、テケリさんはメイドさんでないといけないんだーーーーーっ!!

ヤバいヤバいヤバいヤバい、テケリさんのあまりの可愛さに、SAN値が下がってく。でもどうしようもない、テケリさんの可愛さはもはや正気のままでは受けとめきれない!!
てーててけてけ、てけりりん♪ てけて、てけて、てーけりりんー♪
テケリさんの歌声に、魂が消し飛びました。な、なんて素敵な歌なんだっ。これがSAN値直葬というやつなのか!?

はぁ、はぁ、はぁ。

と、とりあえずテケリさんに「☆☆☆☆☆☆☆」七つ星を進呈しておこう。
まったく、誰だよイラストレーターに文倉十さんを選んだのは。文章だけでも凶悪すぎるテケリさんの愛らしさが、文倉さんの絵によって完全に凶器と化してるじゃないか。まったく、勘弁して欲しい。ページを捲るたびに凄まじくかわいらしいテケリさんの笑顔が視界に飛び込んでくるという天国送りを味わわせられる方の身にもなってくれってなもんだ。

あー、テケリさんかわいいなー、かわいいなーーー。

いやあ、これは面白かった。テケリさんが可愛いというのはもちろんそれはもうとびっきりの理由なんですけれど、テケリさんのみならず全般的にキャラクターの描き方が素晴らしい。みんな、溌剌としているんですよね。まずもって、テケリさんのご主人となるトオルくんが、テケリさんのご主人様になるだけあって、こいつが素晴らしいんだ。まさにこの少年こそがテケリさんの可愛らしさを120%引き出していると言っていい。この子が主人公でご主人さまでなかったら、テケリさんもここまで可愛いとは思わなかっただろう。適応能力ありすぎだろう、とは思うけれど、むしろテケリさんの正体にびっくり仰天しながら、慌てず騒がず、なんだかんだと受け入れて、テケリさんがちゃんとメイドとしてやっていけるように手配りするトオルくん、まじ大物。器が大きすぎて尊敬してしまう。優しいし、人当たりは柔らかく、気が利くし、言うべきことはきちんと言う。意外と行動力もあるし、テケリさんを受け入れたみたいに突然の事態にもてきぱきと行動できる。トオルくん、パねえなあ、こうして見ると。

単純にね、話がうまいですわ、この筆者。特に特徴のある文章でもなんでもないんだけれど、すいすいと読める上に自然に話に引き込まれている。文章を追うのにストレスが全然感じられず、頭の中にするすると飛び込んできて心地が良い。キャラクター同士の会話は読んでいるだけで躍動感や活気があって楽しいし、おもいっきり感情移入してしまう。
テケリさんがあまりに可愛いので言及できずにいたけれど、もう一人のヒロインのあさひ・ピバーティも、テンパリ系ドジっ子直情型愚直ヒロインとして、そんじょそこらのテンプレヒロインとは比べものにならないくらい存在感があって、可愛いんですよね。
この子の話を聞かない思い込みから事態はやっかいな方向に行ってしまうのですけれど、この子なら仕方ねえなあ、と思っちゃうくらいには可愛い。ってズブズブじゃないか。
とりあえず嫁はこの子で、メイドさんはテケリさん。これは絶対に譲れないw

何気に魔術関連の描写や演出も精緻さとこだわり、アクションにもエンタテインメントとしての栄えがあって、設定面でも隙がないんですよね。話もこれなら、どんどん広げていけそうだし、今回まだちょっとしか出なかったクラスメイトの友達たちも、日常パートでワイワイガヤガヤと賑やかな場面で存在感を発揮しそうだし、これは続編も楽しみで仕方ありませんわ。
スマッシュ文庫というマイナーなレーベルだったのでチャック漏れしてましたけど、これは思わぬウルトラダークホースでした。

テケリさん、最高!!
 
12月3日

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11月9日

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