【ここでは猫の言葉で話せ】  昏式 龍也/塩かずのこ ガガガ文庫

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命懸けの猫ミッションをクリアせよ!

日本のひなびた地方都市の女子高校。
寒い国からやってきた小さな転校生アーニャことアンナ・グラツカヤには、誰も知らない二つの秘密があった。
一つは、ロシアの犯罪組織に属した殺人マシーンであったこと。
もう一つは、猫アレルギーの猫嫌いなのに、その猫をモフらなければ自分が死ぬ……という、他人から見れば謎だが本人だけは必死な使命を帯びていること。

猫好きの同級生・小花や謎多き年上の女・明良たちに囲まれた、平和で少し奇妙な毎日の中、ひたすら猫を追いかけるアーニャのインポッシブルなミッションは始まった!
猫が導く少女達の出会いと喧騒――コミカルでデンジャラスな新感覚ガールミーツガール開幕!

ううっ……か、感動した。感動したぞ。なんてこった、これは傑作だ。傑作だ。

猫とはすなわち人生である。

いや、別に猫礼賛の作品じゃないんだ、これは。猫を崇め奉る話ではない。ここに出てくる猫たちは、ただ猫に過ぎない。猫たちはただあるがままに猫であるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
だからこそ、素晴らしい。これ以上無い猫小説だ。

これ、コメディじゃないんですよね。むしろ、ハードボイルドだ。日の当たる世界に迷い出てきた殺人マシーンの物語だ。
彼女、アーニャが生きてきた、今も囚われているその世界は、仄暗く冷たい心に澱が積もる夜の世界だ。ただ機械のように与えられた任務をこなし、淡々と人を殺してきた殺し屋、それがアンナ・グラツカヤである。
それが何の因果か、日の当たる世界に迷い出てきた。いや、導き送り出されてきた。親友である、姉のような人の願いによって、彼女は機械から人になるべく日本という平和な国にたった一人、ただの女学生として生きることになった。アーニャ自身、そこに何の意義も見いだせないまま。
殺し屋の物語、その世界観というのはニトロプラスの傑作ゲーム【PHANTOM OF INFERNO】の頃から、哀愁と惜別という切々とした空気に彩られたものだと思ってる。絶望するほどの感情もなく、希望を抱くほどの未来もなく、淡々と寒さに身を震わせて、僅かな温もりを無意識に求めて人恋しさに身を寄せ合う。その僅かな温もりもすぐに遠ざかり、消え失せて、そうして胸の奥から産まれてくるのは虚無の空白。
そんな無常に囚われながら、硝煙の中を刹那的に駆け抜ける殺し屋たちの生き様に、どうしようもなく惹かれてしまう。
そんな世界観を、このアーニャもまた生きてるんですよね。いや、彼女はまだ生きてすらいなかった。ただ、囚われたまま義務的に存在しているだけだった。
それでも、彼女はユキという友と組織を抜けて行くことを選び、彼女が死んだあともその願いに従って、この日本まで逃げてきた。そこにはもう、萌芽はあったのだろう。

アーニャにとって、猫とは単なる生存を伸ばすための手段に過ぎなかった。彼女に投与されている毒薬は、定期的に解毒薬を摂取しないと宿主を殺す、裏切り防止の抹殺薬だ。ユキは研究の末に、どの毒を無効化する効果が、猫アレルギー物質にあることを発見し、彼女らが組織から逃げ出す大きな要因の一つとなった。
つまり、猫にむしゃぶりついてアレルギー症状になると、発症した毒薬が無毒化されるという仕組みである。
だから、別にアーニャは猫が好きではない。その気ままで何も束縛されない在り方を不愉快にすら感じている。それでも猫に触れなければならない彼女は、必然的に猫という生物の生態に近づくことになる。猫に触れ、猫を知り、猫を感じることになる。
「猫がきっと、君の失ったものを取り戻してくれるだろう」

マインドコントロールによって不要な感情を封印され、戦闘機械として完成されたアーニャにとって、平和な日本での学生生活は戸惑いの連続だ。猫を追いかけるアーニャを、猫好きと勘違いした学友達はすぐにアーニャと親しくなり、特に家で猫カフェを営む小花はアーニャに猫成分を提供してくれる欠かせない友人となり、アーニャに猫の知識を、猫との付き合い方を、猫と共に寄り添う生き方を教えてくれることになる。
他にも、猫を通じて、アーニャの他者との交流は増えてくる。また、ユキの協力者としてアーニャの逃亡を手助けしてくれた子が直接尋ねてきて、同じ部屋に暮らすようになる。いつしか、我が物顔で部屋に入り込むようになった野良猫も、一匹同居するようになった。二人と一匹の共同生活である。
アーニャにとって、猫との繋がりが、人との繋がりとなっていく。
疎んでいた猫の自由さが、彼女の心を解きほぐしていく。猫の姿に、いつしか安らぎを抱くようになってくる。なついてくる猫に動揺し、そっけない猫の一挙手一投足に身体をこわばらせ、それは解毒のためという必要性ゆえではない、猫と共にある日々がアーニャにとって当たり前になっていく。
それは同時に、誰かと一緒に過ごす日々、それを温かく心地よいと感じる日々のはじまりだった。

重ねていうが、これは猫を過剰に持て囃す物語ではない。猫たちは、それぞれ思うがままに振る舞っているだけだ。生きるも死ぬも、猫たちは何にも縛られず在るが儘にただ猫として在るのみ。
そこに自由だの不遜さだの、何かを見出し当てはめ感じ入るのはいつだって人間の勝手である。
猫に癒やされるのも、猫に救われるのも、猫を愛するのも愛されるのも、人の勝手な思い込みだ。勝手に猫に投影しているだけだ。
猫は、ただただ猫である。
でもその猫こそが、アーニャに他者と繋がるカスガイだった。猫を通じて、猫を介して、アーニャは人を感じることが出来た。人の感情に触れることが出来た。人の愛情に自分を重ねることが出来たのだ。
小花の友情も、明良の好意も、コーシカの親愛も、そしてユキの切なる想いも。
アーニャは猫を通して、実感することになる。それが、眠っていたアーニャの根源を目覚めさせることになる。
アーニャがあの日流せなかった涙を流せたとき、猫との別れが彼女を再び人間として生まれ変わらせたのである。
哀愁も惜別も、哀切も諦観も、猫と人の温もりが洗い流してくれたのだ。そうして、これは殺し屋の物語ではなく、猫を愛する人々の物語になっていく。
その仄暗い寒色の空気感が柔らかな暖色の世界へと移り変わっていくその行程が、アーニャの感情が目覚めていく様子が、猫とともにある姿が、美しいほどに自然で見惚れるほどに綺麗だったのでした。
ああ、猫こそが人生なる哉、人生哉。
【ここでは猫の言葉で話せ】、見事な一作でありました。




ちなみに、私は犬派である。悪しからず。