【月50万もらっても生き甲斐のない隣のお姉さんに30万で雇われて「おかえり」って言うお仕事が楽しい 1】 黄波戸井ショウリ/アサヒナヒカゲ オーバーラップ文庫

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社畜の松友裕二(まつともゆうじ)が残業から帰ると、隣に住むOLの早乙女ミオ(さおとめみお)が家の鍵をなくして立ち尽くしていた。雨でずぶ濡れのミオが不憫になった松友はベランダからミオの家に入り、玄関を開けて言う――「おかえりなさい。今日は大変でしたね」
そんな何気ない「おかえり」が心に刺さったミオに、松友は衝撃の提案を受ける。
「私の月収は五十万です。月に三十万円であなたを雇います」
実は生活力ゼロで極度の人間不信だったミオと、彼女の身の回りの世話をする仕事を引き受けた松友。ゆっくりと距離を縮めていく二人の間にあるのは単なる雇用関係かそれとも――。孤独なお隣さんとのアットホームラブコメディ。

お隣さん、ミオさん本気でいっぱいいっぱいだったんだにゃー。
生き甲斐がないどころか、もう精神的に死にかけてたんじゃないだろうか、これ。30万で裕二を雇うというのも、金持ちの道楽なんかじゃなくて溺れる者は藁をも掴むという方が相応しい縋りなんですよね。
本気で、ただ家で待っていてくれて「おかえり」と言って欲しい、それだけだったんじゃないだろうか。それ以外何も望んでいなかった、というより望む余裕もなかったように見える。
幸いというかなんというか、裕二は家事も一通り出来るしこれ以上無く気配りできる面倒見の良い男だっただけに家政夫的な事もするようになったのだけれど、ミオさんが求めたのは「癒やし」だったんだよなあ。
もっとも、当初ミオさんが求めた「癒やし」と裕二と過ごすようになってから日々が過ぎてから裕二から与えられるようになった「癒やし」とは違ったもののようにも見えるけれど。
さて、裕二が得た仕事というのは結局具体的にはなんなんでしょうね。
ヒモ? 家政夫? 疑似家族? 
どれも少しずつ違うような気がする。或いはそれらすべてをまぜこぜにしたものか。
ストレスを負えば負うほど家の中では精神年齢が退行してしまうミオさん。辣腕のキャリアウーマンとの生活ってどんなものになるのか、と思ったら家での彼女は舌っ足らずな幼女みたいな感じになってしまっていて、裕二は甲斐甲斐しくそんな彼女をお世話するという、良い年した大人同士じゃなくてベビーシッターな裕二である。この男も嫌な顔一つせず、若干壊れてると言っても良い彼女の世話をまめまめしくこなすんですよね。そこまで付き合わなくても、と思うくらい。
仕事に対して真面目、というのもあるんでしょうけれど、さて彼自身はどこまでこれを仕事と捉えているのか。ビジネスライクに割り切っているようには全然見えない。むしろ、彼女への親愛がこれだけ彼に甲斐甲斐しさをもたらしているようにも見える。恋とかじゃあないんだよなあ。もちろん、女性として魅力は感じているけれど、普段の幼児退行の相手をしていることもあってか保護者のような微笑ましく見守る、守ってあげたいという感覚が強いようにも見える。
それに、本当に楽しいのだろう。彼女の面倒をみることにやりがいを感じているのだろう。
そんな彼の気持ちは、ミオにも伝わっているはずである。それでも、雇用関係に拘ってしまうのがミオが患っている宿痾なのだ。
彼女の人間不信は、相手への不信というよりも自己不信の方が近しいように思う。相手に信じてもらうに足る人間だと自分を思えないのだ。何かあったら相手じゃなく自分が悪いと思ってしまうのだ。そんな在り方がどんどんと彼女自身を追い込んでいき、彼女を孤独にし、寂しさに打ち震える日々を招いてしまったのだろう。
どれほど相手が良い信頼に足る人物だとわかっていても、そんな立派でイイ人に相手される人間じゃないのだと自分のことを思い込んでいるミオにとって、金銭による契約関係というのはあくまで賃金に寄って結ばれた関係だからこそ、自分という人間性を担保にせずに済む。だからこそ、雇用関係にこだわり続けるし、デートにも出張費や休日出勤手当てをあててしまう。
いやそこまでせんでも、と誰もが思うのだろうけど、彼女にとってそれが拠り所なのだ。
裕二が偉いのは、そのへんごちゃごちゃ言わず、お金なんて要らないなんて御高説をたれず、彼女の怖れを尊重したところなんでしょうね。彼女のよすがを、自分の価値観で破壊して押し付けようとせず、一方的に否定してしまわず。大切に守り続けた。
でも、何もせず従順に従っているのではなく、ちゃんとそんな彼女の怖れやトラウマを解消するために手を回し、動いているのだ。こっそりと、雇用関係を逸脱しながら。こういうのが、気の利いたイイ男って奴なのでしょう。
幾ら大金を払っても続けていきたい大切な時間。ミオにとって、裕二が待っていてくれる生活というものはどんどん掛け替えのないものになっていく。いつしか、彼の存在はいっときの慰めや癒やしでは収まらないものになっていく。
そうなった時、彼との間を繋いでいた雇用関係という間柄は、逆に行き詰まりになると思うんですよね。より踏み込んだ関係になるためには、お金を払って一緒に居てもらうという繋がりがむしろ障害になってしまう。裕二の方はそのへん最初から気にしていないので、あまり問題にならないと思うのですが、ミオの方こそが自分から望んだ関係だけに、拘った関係性だけに、そして彼女自身の対人能力の不器用を通り越したポンコツなところをみると盛大に迷走しそう。
まあ、今の所は現状でこの上なく幸せに至っているだけに、しばらくこの状態を維持することになるのだろうけど。

大人の女性の幼児化というのは絵面としては若干キツイものがあるのかもしれないけれど、字面だとあの理屈じゃないフリーダムっぷりと大人としての体裁を持たぬが故の甘えっぷりが、裕二の甲斐甲斐しいお世話も相まって大変可愛らしかったです。外ではカッコいいくらいの女性に、これだけ無防備に甘えられたら男の方もなんかこう、くるものがありますよね、うん。確かに、楽しいでしょうw