【Walhalla《ワルハラ》-e戦場の戦争芸術-】 柳内たくみ／ヨシモト ブレイブ文庫
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全感覚没入体験型作戦級戦術シミュレーションゲーム“Walhalla”。そこは様々な種族が武器を手に取り戦う電子の戦場。そのリアルな感覚に誰もが夢中になる世界。ヒルドルクランに所属する谷田契斗はクラン戦で自軍が完全なる敗北を喫す中、唯一人敵陣帷幄を急襲し戦功を上げる。これまでも啼嗟の機転により戦果を上げてきた契人だったが、時にスタンドプレーとも思えるその行動はクランマスターであるガンツェルの反感を買い、以降のクラン戦で自身の部隊を酷使されてしまう。そんな中、契斗の前に電脳自衛隊が現れる。電脳自衛隊とは?そして、彼らが語る衝撃の事実とは―日本の未来をかけた電脳自衛隊と人工知能の戦いが始まる!
そりゃあ、勘とか何となくだけしか根拠を示されていないのに、全軍の運命をそれに賭けるのは難しいですね。特に、それを示した相手が信頼できるような言動をしたことのない人間なら尚更に。
それでもなお、ガンツェルのやり方は酷いの一言ですけれど。あそこまで恣意的に虐げられて、クランから逃げ出されないと思ってたんだろうか。
もっとも、契斗の側も自分の意見を聞いてもらうための努力、信頼を得るための行動を起こさずに好き勝手やるだけ、という在り方は決して褒められたものではなく、早々に行き詰まり誰からも見向きもされなくなってしまうのだけれど。
このあたり、天才なら何をやっても許される。成果さえあげればみんなから認められ、みんなが言うことを喜んで言うことを聞いてくれる、指示に従ってくれる、意見を汲んでくれる、なんてことがほぼあり得ないことをしっかり描いてるんですよね。人心を掌握する、というのは生半なことではないのである。人に話を聞いてもらうには、ときにいろんなものが必要なのだ。説得力、必死さ、論理的帰結、メリットとデメリット。
何気に、意見を言うよりも意見や献策を受け入れることの方が難しかったりするんですよね。それが従来の方針から反していたりすれば、尚更に。決断というのはあまりにも重く、苦しいものなのだ。
だから、意見を受け入れる側にばかり負担を強いるというのは、どうにも不公平感が生まれてしまう。もちろん、決断を下す側、判断する側、つまりは指揮官や監督といった立場の人間はそれを成すべきこととして任じられている人たちであるから、負担を背負うのはある意味当然のことなのだろう。
それでも、それでもだ。何の責任もなく勝手をして、投げてくる意見にも何の重さも必死さも乗せていない、そんなものを簡単に汲み取れるものだろうか。
電脳自衛隊の指揮官であるトライアロウ氏がえらいのは、契斗の神がかった戦術眼、戦場勘を稀有なものとして尊重して、ガチガチに固まった組織としての考え方を一端解体して、契斗に合わせてチームも戦い方も柔軟に組み立て直す、という公僕組織の長の一人としてありえないくらい柔らかい対応を取りながら、同時に契斗に対しても子供扱い、駒扱いせずに、彼がこれまで学んでこようとしなかった「責任の重さ」とその扱い方をしっかりと教育して教え込むことに成功しているところなんでしょう。部下たちの不満を抑えながら、天才の成長を阻害せずに至らない部分を補い、また教えて伸ばす。そうやって、地道に契斗と部下たちの間の不和と不信を解消していき、組織集団の範疇にどうしても入ることの出来なかった契斗を、スケールを小さくまとまらせることなく、クランという枠組みの中に組み入れてみせたのですから、間違いなくこのトライアロウが殊勲ですよなあ、今回の話。
実際の戦史の天才たちも、こうして周囲との鎹となってくれる人、上から重しとなって自由にさせながら手綱をとってくれる人、というのが全期に渡ってではないかもしれないけれど、初期の間、彼らが本物になるまでの期間、或いは周囲を掌握するまでの間だけでも、存在したんでしょう。
ある意味、全部一人、という単位で括ってしまっていいのかわからないけれど、全部単一でやってすまAIとはまた違うアプローチがそこにはある。
戦場シミュレーションにおいて無敵無敗を誇るAI率いるクランに対抗するには、契斗の天性の戦場勘が必須にして必殺の槍になるのかもしれないですけれど、何気にここで示された人間の可能性、AIにも勝るかもしれないものって、彼だけではないよなあ。AI側が注視しているのは契斗だけかもしれないけれど。
柳内たくみ作品感想
