主君 井伊の赤鬼・直政伝

【主君 井伊の赤鬼・直政伝】 高殿円 文藝春秋

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2017年NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で話題沸騰!
井伊直虎を描いた『剣と紅』に続き、井伊家第17代当主・井伊直政と家臣木俣守勝の歴史ドラマ。

人はなんのために人に仕えるのか。
家康に寵愛され、
「赤鬼」と呼ばれた井伊直政の生き様とは――
というわけで、大河ドラマ『おんな城主 直虎』が終わったタイミングで、井伊直政が主人公……ではなく、その直政の家老職を務めた木俣守勝を主人公とし、彼の目から見た井伊直政という戦国武将の生き様を描いたのが本作である。
ちなみに、木俣さん、大河ドラマの方でもちらっと出ていて、最終回に家康から派遣された新たな家臣団の一人として紹介されていた人で、小牧・長久手の戦いの戦いで「兜寄越せぇぇ!」と直政に自分の兜取られて、大将のくせに一番槍で突っ込んでいってしまった直政に、慌てて井伊勢に突撃を命じていたあのひとである。
ちなみに、この本の本編でも概ねそんな感じであるのが笑えるというか、大河ドラマでの直政とまんまキャラ被るので、大河ドラマその後、として見るのにも十分耐えられるんですよね。
いや、こっちの直政の方がもっと酷いかもしれないけれど。戦場の分別とか、大河の万千代の方がついてそう……ってこともないか、あの小牧・長久手の戦いの様子を見てると。
これは物語の重要なポイントにもなるのですけれど、この木俣さん、正式に井伊直政の家臣、というわけではありません。元々徳川四天王の榊原康政や本多忠勝らと近い世代で小姓として一緒に働いていた人であり、一族内の内紛に絡んで一度徳川家を出て明智家に仕え、本能寺の変を前に徳川家に出戻ったという経歴の人であり、衰退した国衆の一族である直政には仕える累代の家臣が少なく、身代が大きくなった際に二進も三進も行かなくなるがために、家康が井伊谷周辺の国衆や自分の直臣を出向という形で派遣した中にいたのが、かの木俣さんなんですね。なので、直政とともに行動しながらもあくまで家康の直臣であるという体裁を取り続けるのであります。
これら出向家臣たちと井伊直政との関係は、長年彼のもとで戦い続け、また内治も任された結果自然と井伊家の名実ともに家臣という形になっていくのですが、その中でも木俣さんだけは直政の親族である嫁さんを貰ったりもしながらも、あくまで自分は井伊家から禄を貰っているのではない、徳川本家の家臣である、という立場を揺るがさずに時代を経ていくのである。
それは、彼のプライドの問題であると同時に、井伊直政という武辺の苛烈過ぎる凄まじい生き様を掣肘するのに、主家の直臣という立場が大きくものを言った、という理由もあったのですが、それでも井伊家の軍の指揮権を任されたり家老職を忠実に務めることで井伊家の発展に尽力していく中で、木俣さんは自分が一体誰に仕えているのか、誰に忠義を尽くしているのか、そもそも忠義とは、仕える主君とは、という疑問が、疑念が織々積み重なっていくその果てに、答えを見出すまでの人生が物語として語られている、というのが本作の主題とも言えるのだ。だからこそ、タイトルが「主君」なのであろう。
それはそれとして、やっぱり井伊直政のキャラクターがとんでもないんですよね。普段は理知的で外交面でも取次なんかを務めて活躍する能吏としての姿を見せながら、戦場では常に軍勢の指揮をほっぽりだして突撃していってしまうバーサーカー。お陰で、軍配を預かるというか押し付けられた木俣さんは毎回毎回赫怒しながら「殿はどこじゃーー、どこいった万千代ぉぉ!!」といった感じで叫び狂いながら駆けずり回って軍勢をまとめる日々である、可哀想。
直政のバーサーカーっぷりは戦場のみならず、ふとした瞬間にその凶暴性を剥き出しにするわけで、臣下に異常に厳しく、ちょっとした失敗で部下を斬って捨てたこと数知れず。付いた字名が「人斬り兵部」。おかげで、井伊兵部のもとでだけは働きたくない、と就職先として避けられ、家臣の中からも逃げ出すもの多数。大河ドラマのあの近藤さんの子供たちも、あまりの厳しさに耐えられなくなって直政のもとから飛び出していってしまってますしね。
そして、自他共認める「秀吉絶対殺すマン!」で、事あるごとにあいつ殺す、秀吉殺す、とりあえず殺そう、殺っちゃえべいびー! と天下人を殺そうとするので、木俣さんの胃がえらいことに。
それでなくても、徳川を出奔して太閤秀吉の家臣となっていた石川数正をぶっ殺そうとして、必死で木俣さんが止める羽目に。
「清左衛門……」
「挑発に乗ってはなりませぬ!」
「斬りたい」
「堪えてくだされ。駿府に戻れば石川めによく似た案山子を用意いたしまする!」
こんなやり取りまで繰り広げられてまあw
そんなハチャメチャすぎる直政についていけないと思いながらも云十年。家康には万千代を頼むと懇願され、直政からも何だかんだと小狡い手管まで使われて引き止められて、井伊家の身代がどんどん大きくなる様に付き合っているうちに、ついにあの関が原を迎えてしまうんですね。
鮮烈なまでに生き急ぎ続けた直政。その行動原理をついに理解できぬまま、振り回され引きずり回され、いつの間にか直政のお守役として徳川家内のみならず諸国にも知れ渡ってしまう中で、嫌悪と、そして憧憬にもにた目で仮の主君を見守り続けた木俣清右衛門守勝の人生が晩年を迎えるのである。

いったい、自分は誰に仕え続けてきた人生なのか。誰に忠義を尽くしてきたのか。関が原の戦傷を悪化させ、急速にその生命の灯火が消え失せようとしている直政に、彼は最後までその答えを見いだせぬままそのときに辿り着いてしまうのである。
そして、その後に知った井伊直政という男の死生観、生き様の真実。彼の在り方と、徳川家康という男の特別な関係。
最後のそれは、ちょっとわかりにくい部分もあるのだけれど、捉えるべきは捉えたのではないかと。
なんにせよ、井伊直政という一代の武将とその風雲児に振り回され続けた一人の苦労人の一代記として、非常に読み応えある面白い作品でした。今年の大河を見た人にはなおさらおすすめ。

高殿円作品感想