魔法使いと僕1 (オーバーラップ文庫)

【魔法使いと僕 1】 十文字青/細居美恵子 オーバーラップ文庫

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少年は故郷と同胞を奪われ一人だった。少女は旅の荷物さえ失い行き倒れていた。カルルとエルシー。貪るように拡大を続ける「帝國」の辺土で二人は出会う―。人と亜人。名も無き小村で身を寄せあい暮らすひとびと。命は散り、花は咲く。コルタポ。辺土の商都。そこではひとがひとを売りさばき、ひとがひとを所有する。逆らいがたきその現実。引き離される二人。果たしてそれは運命なのか。巻き起こる騒乱。糸を引く者。引かれる者。あらがう者。うつむく者。前を向く者。
「ひとを救うのって、簡単じゃないよ。きっと」「死ぬなんて、だめです!」
少年と少女が“生きる”意味を求めて旅する珠玉のファンタジー、ここに開幕!
ああ、なんかいつもの十文字さんの作品に比べて「フラット」な感じがするなあと思ったら、一人称じゃなくて三人称だったのか。
この人の三人称って凄く珍しいんだけれど、無かったわけじゃないんですよね。うーん、どれだっただろう。【ANGEL+DIVE】は確かそうだったんじゃないだろうか。
一人称だと、かなりグリグリ・ぐるぐると内面の思考を醸成というか醗酵というか、ひたすら垂れ流すことで逆に一点突破で奥へ奥へと掘り下げていく代わりに、一人称であるが故に周囲の人間の考えている事も主人公からの視点になっているからか、相手の考えとか信頼が読めない状況だったりするとかなり息苦しい感じがするんですよね。
かと言って、本作が三人称だから息苦しくないか、というと全然そうではなくて、もう世界観からして中世らしい倫理とか人道とか人権が何の価値も持っていない世界で、亜人たちが(複数の階層に分けられた上で)苛烈な差別と搾取とを受けている世界なものだから、そこにいる事態で息をするのも苦しい感じなんですよね。
ヒロインである魔法使いのエルシーが、まるで違う時代から来たような健全な倫理観と隣人愛の持ち主であるがゆえに、目に映る世界すべてが人の悪業を見せつけられているようで、ひたすら苦しい。
そして、その苦しみは彼女だけのものではないのである。差別されている亜人たちもまた、そんな世界に反逆スべく抗おうとしてる者もあれば、逆に帝国側に在ってその中で自分たちがいきていける場所を作ろうとしている人たちもいる。
「人として生きるため」に、それぞれがお互いに血で血を洗う殺し合いを繰り広げるのだ。そして、そんな差別に抗おうとする人扱いされない人々もまた、鼠人という亜人を自分たちと同等とはみなさず、愛さず、見下し突き放している。反乱によって解放された奴隷たちは、ケモノのように一般市民に暴虐を繰り広げ、帝国の体制に抗うために暗躍する策士たる男は、解放するべき亜人たちを単なる駒としかみなさず、人として生きようとしている彼らを人扱いしていない。
そして、真人とされる純粋な人間は、帝国の中枢にあり、この支配構造を作り上げ、多くの悲劇を生み出している存在は、作中に一人も登場しない。登場すらしない。
この地獄を繰り広げているのは、すべて虐げられている者同士なのだ。そんな中で、エルシーだけが鼠人を含めてすべてを人と見なし、かけがえない命と見なし、争いを否定し、殺し合いを否定し、叫び続けるのだ。
やめて、やめて、こんなことをしないで、殺さないで。
無論、そんな言葉はこの世界で何の力も持たない。意味も持たない。抗うこともできず、ただただ泣き叫ぶばかりで彼女は濁流のような状況の変化の只中で押し流されていく。無垢で、この世の悪意を知らず、人の悪徳を知らずに育った彼女は、現実を前に何も出来ないまま押し流されていく。
その姿は哀れで、情けなく、無様ですら在る。出来ないことを懇願し、現実を無視した願いを訴えながらすがりつく。それを跳ね除けざるを得ない人たちの心の葛藤、痛みはどうなるのか。
それでも、意味をなさない正しいことを、何の役にも立たない綺麗事を、地獄の中で叫ぶ価値は、価値はあるのだ、きっと。
生きる価値を知らず、生まれたときからそれを持たず、一族も戦士の誇りも何もかも失って、ただ一人の家族との旅で芽生えた萌芽をずっと眠らせたままさまよっていた少年に、彼女の無様な在り方は確かに届いた。
人の持つ善良さ。生きることの素晴らしさ。この世は地獄で、しかしそこに生きる人々には、誰しも生きる価値があることを、二人は一緒に歩いた僅かな旅の道程で、知り得ていた、確信していた。縁があるとすれば、そこなのだろう。小さな少女が精一杯生きて生きて、そうして消えていった事実を、家族に看取られて、世界の美しさに涙しながら感謝しながら去っていった事実を、二人は真実として知っている。
きっと、二人はもう「生きる価値」は見つけているのだ。
「魔法使いと僕」の本当の旅はここからはじまる。それはきっと、見つけた価値の証明なのだろう。
控え目に言ってもこの世は地獄だ。しかし、彼と彼女は絶望を絶望のまま終わらせなかった。何かもが失われてしまう最後を、僅かなりともひっくり返してみせた。それは救いであり希望である。
何気に容赦なくバッドエンドも持ってくるこの作者だけれど、本作はそうじゃないと信じたい。それだけの何かが、クライマックスにはあったと思う。少なくとも、エルシーの心が折れなければ、大丈夫だと思いたい。
わりと、やわそうではあるのだけれど、むしろ信念や意志が固いよりはポッキリ折れにくい、と思いたいのよねえ。

十文字青作品感想