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芝村裕吏

クラスに銃は似合わない。 ★★★☆   



【クラスに銃は似合わない。】  芝村 裕吏/さとうぽて MF文庫J

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相棒は拳銃とAIの妹? 芝村裕吏が贈る予測不能の学園潜入アクション!

突然だが、世界初の完全無欠のAIな妹を持つ兄は、高校生になると何を始めると思う? 俺は妹・瑞穂の膨大な維持費のため、大金を稼げる殺し屋になる…はずだった。だけど会社が自分の仕事適正を護衛と見いだしたから、今俺は中学校に潜入し、ある少女を秘密裏に守る任務を遂行中だ。コードネームはPP01。そしてなぜか相棒は妹(口うるさい)。妙に可愛過ぎる護衛目標に接近(仕事だ)すると、妹がぎゃーぎゃーと騒ぐ(やかましい)。ちょっと都合の良いラブコメ展開を期待したが、そもそも甘い任務を用意されるはずがなかったわけで――では、こっそり銃を忍ばせて、クラスで任務を始めよう。

AIの妹って、AIが勝手に妹を名乗ってるとか、実妹が電脳化してしまいAIになってしまった、とかじゃあないんだ。これ、文字通り電脳人類じゃないですか。科学者である父親にとって、ネット上で人体錬成シミュレーションされた非実存にして電脳上に実在している存在。史上初のネットベイビー。それが瑞穂である。さらっと流されちゃってるけれど、ちゃんと自我、人間としての自意識が生まれちゃってるの、どえらい事なんじゃないのか。
この超存在のAI妹の扱いが、日本政府にしても社会にしてもアホすぎる。そんな社会悪に仕立て上げて叩いて終わり、みたいなレベルの存在じゃないし研究じゃないし、結果じゃないでしょうに。
人類の未来が間違いなくネジ曲がる存在だろうに、ほんとに何考えてんだか。なんでここまで物事を矮小化してしまえるのか。
生み出した科学者の父親は社会的に抹殺され、家で役立たずになっているそうだけど、第三国に拉致られても全然不思議じゃなさそうなんだけどなあ。
莫大な維持費、生存費が掛かるという妹のために、死にものぐるいで働きまくっているという母親も結構謎の存在である。いやだって、必要な金額の桁が尋常じゃないじゃないんですよ。スーパーのレジ打ちとかパート業とかで賄える話じゃないでしょうし、一体何の仕事をしてるんだ?
そもそも、この妹の瑞穂って母親からすれば自分関係ないところで夫がこさえてきた娘なんですよね。しかも、非実存。でも、主人公の語り口によれば母親は彼女を実の娘としてちゃんと受け入れ愛していて、だからこそ彼女を生かし続けるために過労死しそうな勢いで働いているわけで……地母神か。
主人公も主人公である。高校一年生、いや訓練期間とかから考えると中学生の段階で関わっていたのか、この裏稼業を営む「会社」とどのようなツテを使って働くことになったのか。何があったら、中学生が暗殺業なんぞを営んでいる会社で働く縁が生まれるんだ?
まあ作者の他のシリーズでも、普通の会社の採用試験受けたら傭兵会社の戦闘単位の指揮オペレーターになってた、などという顛末もあるので、どこに裏稼業の世界に入り込むルートが埋設されてるかわかったもんじゃないのだけれど。
それに彼自身、スペックが意味不明なところあるんですよね。みっちり訓練は受けたみたいだけど、受けたからってあんなに動けるの? それ以前に、周りには舌打ちにしか聞こえないレベルで圧縮された高速言語で妹と雑談してる段階で、ちょっと意味不明なところあるんですけど。この子、常態的に超加速思考を行ってるってことなの? 脳改造とかされたみたいな話全然ないんですけど。肉体的にはノーマルのはずなんですけど。
特に、この主人公、スペックが凄いとかいう話は一切していなくて、やることなすことさらっと流すのでなんか普通に誰でもできる当たり前のことなんじゃないか、と錯覚しそうになるけれど、かなり無茶苦茶意味不明な動きとかしてますからね?

しかして、この少年、現段階ではまだ見習い以前。今回の護衛案件はテストであって、実際の仕事ですらないのである。訓練自体はみっちり受けているからして、素人っぽい戸惑いは一切ないのだけれど、やはり初仕事ということで勝手がわからないところや、自分に適正がないんじゃないか、という疑念を抱えながら探り探りやってるんですね。これを初々しいと取るべきか、それとも実は熟れてるんじゃ、と思うべきか。内面的には迷い悩み、ながらなんですけどねえ。
実際、彼はエージェントでありながら護衛対象の少女である谷城祥子にどんどん感情移入して肩入れしていってしまう。いや確かに彼、あんまりこういう仕事向いてないよ。仕事として徹しきれない、割り切れない。毎度、あれだけ依頼人に情を持っちゃったら持たないぞ。
一見するとクールに徹しクレバーであろうとしているように見えるし、いざとなったら多分本当に「選択」してしまえる、妹の方を優先するだろう「覚悟」を備えちゃっているのがまた苦しいんですよね。感情に振り回される未熟ものなら、情けないで済むのだけど。
下手にプロに徹してしまえるだろう鋼の芯を持ってしまっているのが、余計に辛みを抱えている。こういう人物は、本当に選択しなければならないギリギリまで、なりふり構わずあらゆる手段を講じて、自分自身を容易に損なってでもやれることをやってしまおうとするからだ。場合によってはやれないことまで強引にやれる範囲に引きずり込んでみせる。
妹ちゃんが必死に、本当になりふり構わず必死にがむしゃらにこの兄が殺し屋の道に進もうとするのを止めたのは、多分大正解なのだろう。そっちの道に進むには、この兄は危うすぎる。いくらでもやらかしそうだ。本気で、人を殺すこと自体はなんでもない、と思っている所なんぞ尚更に。

それはそれとして、この兄、女たらしであることは間違いないんですよね。あれだけ安易に女の子に対して「かわいい」を連呼するとか、ちょっと考え無しすぎる。そんなに本気で可愛いとか言われたら、意識しちゃうの当然じゃないですか。しかも、この谷城ちゃん、学校では孤立気味なんですよね。人恋しさに飢えているところに、隙間なくビシッと寄り添うわけですよ。精神的に。
そりゃ、出会って数日で即転んでもおかしくないですわ。谷城ちゃん、ちょろいかもしれないけど、これは責められない。これは心ぐらつく。
元々、兄が分析していたように谷城ちゃんってかなりこう、面倒くさいタイプなんですよね。いやなるほど、確かに妹瑞穂とその面倒臭さの方向性とか似てるかもしれない。容姿も結構似せてきているの、意図的なんだろう、イラストデザインとか。
その面倒臭さが、丁度ハマるところにハマると恐ろしいほどチョロい合致になっちゃう典型だなあ。兄の性格が、その面倒臭さを受け止めるのにピッタリすぎてるんだ、これ。


事件の方は、なんか突然前触れ無く、異形の「モンスター」が現れたことで「お!? う!? えお!?」と面食らってしまった。これ、どういう方向性の作品だったんだ? 
そういえば、初っ端から電脳人類たるAI妹という存在が爆誕している世界だけに、こんな超常的な存在が出現しても不思議ではなかったのかもしれないけれど、作中の登場人物たちも警察も兄妹が所属する裏稼業のやべえ会社の人たちも同じように「お!? う!? えお!?」と面食らっていたので、この作中世界的にもあまりにもイレギュラーで異常な出来事だったのだろう。
おかげさまで、このモンスターと戦う兄の姿が冒頭の描写にあるお嬢様の目に止まり、物語はこの兄妹が裏稼業の任務から任務に渡り歩いていくエージェントものから、やや異なる方向へと舵を切ったみたいなのだけど。
犯人も意外といえば意外。いやなんでこいつがそんな力持っていたの? というこの事件の異常さに繋がっている。
これ、本当にどういう方向性の物語になるんだろう。2巻が出ないことには判断できないぞ?
それはそれとして、日常と非日常がぐるぐるにかき混ぜられた、主人公のちょっと外れた独白やら自問自答に味が出ている、面白い作品でした。個人的には芝村さんには「大軍師」の方を優先して欲しいとも思うのですけれど。


やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい 3 ★★★★  



【やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい 3】 芝村 裕吏/片桐 雛太 MF文庫J

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ガーディ VS 10万の大軍――異端のヒロイック・ファンタジー第3弾!

僅かな仲間と共に森州平定という大偉業を成し遂げながらも、相変わらず俗世に疎いガーディ。そんな彼を放っておけないフローリン姫の近侍に取り立てられた矢先、次なる戦いが忍び寄っていた。沿海州リエメンを率いる女王ニフレディルが、国の存亡を賭けて10万の大軍を率いてイントラシアへの侵攻を準備していたのだ。その動きを事前に察知したガーディはフローリン陣営の指揮官として、思わぬ人物との同盟を提案する。そして、種族を分け隔てない“究極の優しさ”が、決死の侵略軍すらも救う軍略へと至る時、誰もが予想しない結末が待ち受けていた――!
こうしてみると、ガーディというこの時代において異質すぎる存在を虚飾も偏見も少なく一番深く理解しているのって、アンドゥイレドとシンクロのおっさん二人なんじゃないだろうか。
ナロルヴァやフローリン姫、テイといったガーディと近しい子たちは、近しいが故にガーディの人となり、その性格の優しい所や抜けている所危うい所なんかをよくわかっているけれど、近しいが故に近すぎてその凄まじいとすら言える巨大な能力については頭ではわかっていても実感として把握しきれていない部分があるし、テイに至っては崇拝に近いものがあるからガーディの実像を正確に認識しているかは怪しいところがある。これは臣下になったモノたちも同様で神格化とまではいかないけれど、美化していたり凄い人という固定観念を持ってしまっている節がある。一方でタヘーや幼母は軍師としてのガーディを全く知らないからこそ、よく知っている彼の人柄だけに目がいき、その持ち得る能力については全く関知できていない事からも、見る人によってガーディという人物の捉え方がこれほど幅広くなるのは興味深い。
ナロルヴァあたりは、最近武将としてガーディからちょっと離れた所から前線に立つ者の視点でガーディの業績を目の当たりにしているので、実感を得始めている所もあるのだけれど。
彼を知らない人たちなら、尚更その実像は伝わらないし敵対者として対面する者たちからすれば、その圧倒的な能力ばかりに直面することで、本来の姿とはかけ離れた姿を見出してしまう。もっとも、実像を知らないからこそ、本質を見抜いている節もあるのだけど。

その点、アンドゥイレドとシンクロの二人はガーディという天才のバケモノじみた能力も、逆にその人並み外れた無垢さや弱点、世知の疎さなどちょっと考え方が抜けているのもちゃんと把握してるんですよね。まあ、凄さもダメさもたびたび想像を遥かに越えてしまうので、そのたびに振り回されてしまうのですが。
それでも、このおっさんにしてフローリン陣営の文武のトップを担う重臣二人がガーディの最大の理解者にして後援者であるという事実が、どれほど皆にとっての幸いであるのかは、彼らがほぼガーディの好きなようにやらせて、彼の望むようにすべての準備を取り計らってくれた事からも明らかでしょう。もちろん、これまでにガーディは彼ら二人のお眼鏡に適うだけの実績を立て、信用を勝ち取り、その能力を示し人となりを知らしめたからこそ、なのですけど役職も重く実績も多分にあり経験も深いだろうこの二人が、判断の殆どをガーディという新参に任せきっている(そして恐らく責任の方は自分達で引き受けるのだろう)事は、この二人がどれほどの傑物かを示しているのではないだろうか。
この二人が後ろ盾だと、ほんと何の邪魔も入らないどころかガーディの思う通りにスムーズに準備段階から事が運ぶんですよね。
軒並み、反対勢力を粛清し尽くさなければならなかったニフレディル女王と比較するのも可哀想になるくらい。リエメン側の人材の払底は目を覆わんばかりでしたからね。実質、この幼女王一人であらゆる実務をやってのけざるを得なかったのを見れば尚更に。
忠臣と言える人は僅かも居ましたけれど、実務能力はほぼ役に立つことなし、みたいでしたし。
今回はガーディも三方から迫る敵軍に対するために、自分は後方に待機して各戦線を手ずからではなく他人に任せる必要があったわけですから、ガーディも自分だけで全部やってしまうという訳にはいかなかったんですよね……まあお膳立てはこれでもかというくらい丁寧にやってのけたわけですけれど、これに関してはニフレディル女王も一緒ですからね。
ただ、ガーディには後ろにも前にも自分の代わりに任せられる人が居て、足りない部分も「自分じゃわからないので紹介お願いします」と頼める人が居て、その人は適切な人選で適格者を引っ張ってこれる人だったりするんですよね。
こうしてみると、英雄譚のような戦記物のように綺羅星のごとく将帥が揃っている、というわけではないのですけれど、ガーディ陣営には質実剛健の頼もしい土台を担える人材が揃っているのがよく分かる。そして、ガーディを慕って集まることになったゴブリンや人狼、トロールなどの異種族による精鋭諸兵科部隊という槍の切っ先。
まあそれ以上にやっぱり、精霊魔法、或いは占いという名称で語られる高等数学による演算に基づくガーディの先見が並外れているからこそ、すべてが適切に配置されていくのですが。
ガーディって情が深いように見えてそれらに左右されない完全に理系軍師なんですよね。政治はわからないどころか人の世界の常識も知らない世知に疎い人物だし、あれほど優しさに特化した性質でありながら人の心理というものにも疎い。
今回、リエメンの侵攻をまるで予知したように侵攻の開始から軍勢の数、侵攻ルートに戦略目的まで見抜いてみせたのは、それだけニフレディル女王による侵攻計画が合理性と必然性の塊だったから、と言えるのかもしれません。不合理の入る余地のないほどの完璧に整えられた計画だったからこそ、ガーディには手にとるように予測できた、と見るならばそれだけニフレディル女王が完璧な計画を完璧に実行していたという事実に突き当たるわけで、この幼女王ガーディと遜色ないバケモノなんじゃないだろうか。
惜しむらくは、彼女が才能を発揮せざるを得ないリエメンという国の状況が、災害によって破滅を避けられない状況であり、動ける間に生きるための食料を確保するために他国に全国民ごとなだれ込まなければならない、という時間制限付きの絶望的な状況であり、それを理解していない現状を把握できていない者たちを排除したために、人材という人材が払底しきってしまったという事なのでしょう。軍は糧食がなく、ただただ前に進んで略奪しなければそのまま枯死するしかない。前提条件が悪すぎた。
この幼い女王の身を確保できたことは、森州にとってどういう意味を持ってくるのか。リエメンという国が崩壊しながら、その国民の少なくない数を難民としてではなく移民的な形で森州に吸収できそう、というのはフローリン姫の立場にとっても重要な意味を持ちそう。
すでに、ガーディを近侍としたことでフローリン姫は独立領主としての道を歩みだしている、と周囲からは認識が持たれはじめているし、アンドゥイレドとシンクロのフローリン姫の両輪も、ここにきてガーディとフローリン姫の婚姻を本気で進めに掛かってますし。本国から独立独歩の道を歩もうという気満々なんだよなあ。
そのフローリン姫はというと、もう王族として仮面をかぶるのは完全にやめてしまって、今は公然とガーディの世話を焼くと公言して実行してますからねえ。それはもう好意以上のものだと思うのだけれど、この姫様は浮世離れして危なっかしいガーディの世話を焼かねば、という使命感に燃えているので彼が旦那様に、とかは果たしてどこかで現実味をもって捉えているのか。
むしろ、一旦婚約しそうになりながら引き離されたナロルヴァの方が、ちゃんと自分の気持ちというものに向き合えている様子が見える。
それにしても、世話を焼きたくて仕方ないフローリン姫がまたかわいらしすぎてたまんないんですよね。作中でも繰り返し語られてますけれど、近侍とは本来主君の世話をするような役職のはず(まあ実際は建前に縛られない必要に応じた自由度の高い立場みたいだけど)なのに、なぜか主君のフローリン姫が彼のお世話をしようと彼の住まいまで毎日訪ねてくるような様子で。森州の最高幹部が集まって今後の方針を決めよう、という会議に姫様が直々にガーディ呼びに来て、手を引っ張って会議室まで連れてきた挙げ句に「連れてきました!」ですもんね。なんだこのかわいいお姫様は。
それをみんなが微笑ましく見守っている、というのがこの森州の雰囲気を一番最適に現しているような気がします。
アンドゥイレドさんも、「ワシは、意外に小僧のことを小僧と呼ぶのが好きだったのだな。ガーディさまと呼ぶのが惜しい」という一言でこれまでも好きなキャラだったのですけれど、なんかもう大好きになってしまいました。こういう露悪的で周りからは嫌われているけれど、有能だし実は情も深いしというキャラはやっぱり好きですわー。

ついに「信長公記」の太田牛一みたいな、武将でありながら後にガーディの業績から日常的な様子まで書き残すことになる人物まで登場してるんですよね。
さながら現代から当時の人が残した資料を元に歴史家の視点で、ガーディたち当時の人たちの現代での評価を語ったり、歴史的事実に関しての見解や論説を述べたり、という歴史小説風味の語り口はやはり本作の大きな魅力の一つで、うん面白いなあ。面白い。


やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい 2 ★★★★   



【やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい 2】  芝村 裕吏/片桐 雛太 MF文庫J

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のちの大軍師ガーディ、覚醒の時――王道ヒロイック・ファンタジー第2弾!

グランドラ王との戦争での功績により、金貨姫フローリンから故郷タウシノの領主に任命されたガーディ。その役職は名ばかりながらも、ガーディの存在を警戒する姫の臣下も現れた。そんな中、ガーディは自身の存在価値を証明する必要から、亜人種や土着勢力が入り乱れるタウシノの平定を名乗り出る。だが、兵士も連れず傭兵も雇わずに味方は無理矢理ついてきたナロルヴァ一人だけ。誰もが無謀な絵空事だと考えた、たった二人の森州平定戦――それは、大軍師が冴え渡る軍略によりその名が歴史の表舞台に刻まれる燦然と輝く偉業の始まりだった――異端のヒロイック・ファンタジー。第2弾!

中庭で微睡むガーディを、遠く窓から眺めて心慰めていた金貨姫フローリン。近侍などに取り立てる事もなく、ただその姿を様子を見守っていることで満足……はしていないか、我慢していたように姫がガーディに求めていたのはその才能ではなく、慈しみ愛おしんでいたのはその純真無垢さであったと言っていいだろう。直属の上司であるナロルヴァも、金貨姫もガーディの才能は勿論わかっていたかれど、愛したのはその人柄なんですよね。なので、彼の無垢さを打ち消してしまうかもしれない出世は、決して求めなかった。
そんな彼女たちであるからこそ、ガーディもその力を惜しみなく注ごうという気になったのだろうけれど。まあ彼に人の好き嫌い、というのはあまり見当たらないのですけどね。見た目にも言動にも騙されず、その人の言葉や行動の奥底、真意よりも深くにある善意、善心を汲み取っていく。
誰にでも優しくあってしまうという彼の権能は、彼のあり方とまったく矛盾していないが故に彼にとっての苦しみにはつながっていない。つまり、心の底から優しく慈しむ彼の態度は嘘偽りのない強制されたものではないんですよね。その優しさを前にして、多くの人は自分の中の悪意を取りこぼしてしまう。どうしてか、優しさには優しさをもって報いてしまうんですよね。それが、彼のカリスマに繋がっているのではなかろうか。
尤も、彼自身は自分の優しさが報われることについては、とんと無関心なのだけれど。
何気に、森州で隣国の収奪部隊が各地の村落を荒らし回っているのを、ナロルヴァとたった二人で助けて回った時も、決して救った恩に報いるために人が集まってくる、みたいな考え方はしていないんですね。
そこのところは酷く冷徹に、集って反抗の一勢を立ち上げなければ生き残れず、各地を助けて回っている自分たちがその旗頭として必然的に持ち上げられ、その旗のもとに反抗勢力は糾合することになる、という計算が働いている。そこに優しさという感情は計算のうちに含まれていないっぽいんですよね。そしてその計算とは全く別に、彼は本心からみんなを助けたくて、あちこち飛び回っているのだけれど、そういう感情と計算は完全に分け隔てられているのがまた興味深い。

本作が面白いのは、小説でありつつ後世の視点から様々な史料に基づいて語られている話でもある、という所であります。特に今回の戦いからは、ガーディが本格的に歴史の表舞台にあがった戦いとされているからか、多くの史料が残っているという設定らしく、後世からの視点ということでこの物語を書いている作者が作中の地の文にコメントを付与してるんですね。それは歴史的な解釈や解説であったり、エピソードの歴史上の意義であったり、歴史上の人物の史料から推察される心境だったり、幾つも残されている当時の人の手紙や日記から導き出される情景だったり、それらに対する作者自身の感想だったり。
いやあ、読んでてなんかこういう描き方って見覚えがあるなあ、とずっと頭に引っかかりながら読んでたんですが、ふと司馬遼太郎の名前が思い浮かんだんですよね。
そう言えば司馬先生もこういう書き方をしてやしなかっただろうか。あの方の余談の挟みっぷりには定評?がありましたからねえ。
かの御仁に限らず、歴史小説家には少なからず見受けられる描かれ方かもしれないのですが、そう思うとなんだか本格的な歴史小説を読んでいる気になってきて、何ともワクワクしてくるような気分になってくるのでした。
加えて、森州の戦いはリエメンからの侵攻軍による収奪によって、点在する集落が片っ端から襲われ殺され奪われる事により、軍ではなく住民自身が武器を手に取り反抗の軍をあげる、という展開になりました。そういう展開を引っ張り出したのは、ナロルヴァとたった二人でリエメン軍の侵攻を防ぐために乗り込んできたガーディの思惑があったわけですけれど、いずれにしても奪われる側の反抗という枠組みの中には本来森州にも深く根ざしていた人種間の断絶は挟まれる余地がなくなったわけです。まあそこにも、人種を差別する、種族が違うということで分け隔てるという発想を持たないガーディの存在があったからなのですが。
そうして出来上がったのが、種族を問わずに糾合された反抗軍。そして、種族で分け隔てる視点は持たなくても、戦力としては諸種族の特徴、短所長所を見出してそれぞれに合わせた運用を導き出し、それを組み合わせることに何らの戸惑いも持たないガーディによって、各種族の特徴を組み合わせて相互に欠けている能力を補い合い、相互に持ち得る能力を相乗させる戦闘単位。諸兵科連合ならぬ諸種族連合(コンバインドアームズ)。
MBTと書いて「メイン・バトル・タンク」ではなく「メイン・バトル・トロール」と称する所とか、往年の傑作ファンタジー戦記【A君(17)の戦争】を彷彿とさせてくれるじゃないですか。
ちなみに、運用の仕方はもろにタンク――戦車のそれなんですよね、トロール兵。そして、ちゃんとその足回りを狙われると弱い、という弱点を補強するために戦車随伴兵を伴って動かしているところとか。
それ以前にも相互通信可能な羽妖精たちを使っての、戦闘管制を実践していたりするところとかガーディの発想は近代的な軍事運用に繋がるものが散見されたのだけれど、今回本格的に百人を超える人数を動かすに当たって、それがより顕著に顕在化してきたのではないだろうか。つまり、面白い!

しかし、ガーディの手脚となって動く羽妖精たち、彼女たちがガーディの戦術を、近代的な軍事用語に言い換えて好き勝手に喚いているんですけれど、これって単なるお遊びの類なのかと思っていたのですが……。羽妖精たちの声を聞いて、トロールのお嬢さんが何かを未来の一旦を知ったような素振りを見せるんですね。
タイトルの【やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい】って、未来を知っている誰かからガーディ自身が聞いたような言葉じゃないですか。特にこのタイトルが作中に意味を持ってくるとは思っていなかったのですけれど、トロールのお嬢さんはこの「やがて」という言葉をこぼしてるんですよね。
羽妖精たちが未来の言葉を使っているのって、もしかして意味があるんだろうか。

たった二人で反抗軍を立ち上げ、リンメイ軍を打破してみせたガーディは、ついにその名望を確かなものとする。確かなものとしてしまう。この戦いを通じて、多くの弱き者たちが彼の知恵と優しさに希望を見出し、その身を寄せようとしはじめる。それに値するだけの結果と能力を、彼は示したと言っていい。それに縋ろうとするもの、期待し守り立てようとするもの。能力に着目しそれを利用しようとするもの。危険視して排除しようとするもの。様々な思惑が彼を中心に飛び交うなかで、フローリン姫とナロルヴァだけが……いや、あえていうなら彼の養子になったテイも含まれるか。ガーディの庇護者たらんと尽力しようとしているのは興味深い。特に彼女たちだけが、ガーディの優しさ故のやわさ脆さ危なっかしさを心配して、守ろう守ろうとしている。特に、権力者である自分に近づけまいとする事でエルフに育てられたが故に人間社会に馴染まないガーディを危険から遠ざけようとしていたフローリン姫は、今回の一件で放っておいても自分の手の届かない所で危ない目に自分から飛び込んでいくガーディにとことん思い知ったようで、彼を近侍に任命することで身近に置くようになる。身近に置いて、手づから世話を焼くつもりであったらしい。世話させるのではなく、自分が世話を焼くために近侍にしてそばに置く、というのは姫様もまあその本性は随分と変わっている。その優しい変さこそが、ナロルヴァと共にガーディが人の世に身を置く理由なのだろう。忠誠とも違う、愛ともまた少し違う、優しい関係。それで成り立つこの主従の、乱世での戦いをこのままもっと最後まで、歴史の行き着く先まで見てみたい。そう切に思う面白さでありました。






やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい ★★★★   



【やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい】 芝村 裕吏/ 片桐 雛太 MF文庫J

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これは無能の烙印を押された、大軍師となる少年のヒロイック・ファンタジー

人類が圧倒的な銃の力でファンタジー種族を滅ぼしゆく時代──エルフの村で育った人間の少年、ガーディは、村の掟を破ったことで追放され、金貨姫フローリンが治めるイントラシア領に身を寄せる。剣も槍もロクに扱えず、秘められし権能すらも“究極のお人好し”という戦乱の世ではどうしようもない有様のガーディ。けれど、エルフの村でバカにされながらも培った知恵と経験、そして誰もが呆れた彼の“優しさ”が、過酷な戦争の中で空前絶後の伝説を生み出していく──のちの世で大軍師として語り継がれる少年の異端の英雄譚、登場!

芝村作品として期待はしていたけれど、いやいやこれ本気で面白いぞ!?
作者の芝村裕吏さんと言えば、ガンパレード・マーチの世界観デザインで知られ、小説家としても現在【マージナル・オペレーション】シリーズで真っ向から現代戦の紛争を描いている歴戦の作家さんです。マジオペは、電書化してないので最初の方しか読んでないのだけれど、早く電書化してくれないですかね? と思いつつ待ってたら第二期にまで突入しちゃって……。
ともあれ、戦争ものを描かせたら逸品の人ではあるのですけれどその分戦争描写が本格的、という事でもあり主人公の印象もどちらかというと悲観主義的だったりネガティブだったり陰気でダウナー系なイメージが強かったので、本作の主人公もその系統だと想像してたんですよね。
でも全然違ったんだなあ、これ。知性冴え渡る切れ者というよりも、むしろぼんやりホワホワしているような感じの少年で、あんまり深く物事を考えずにインスピレーションで捉えてるような雰囲気の子なんだよなあ。でも、決して考えなしというわけじゃなく、むしろ非常に観察眼に優れていて物事や事情、人物に対する見方なんかもとても鋭く、本質を読み取る力に長けている。
金貨姫なんか、王族として態度を厳格に取り繕っていて本来ならその人柄とか読みにくいタイプのキャラだと思うのだけれど、ガーディってば容易に彼女の被った仮面の奥を読み取るのでその人となりも手に取るように伝わってくるし、ガーディを通して色んな登場人物の人物像がより鮮やかに描かれて、とても魅力的に映るようになっている。直属の上司となるナロルヴァ女史なんか、フローリン姫とは逆に表裏なく感情を垂れ流しにしちゃうタイプなのだけれど、ガーディの目を通して見るとそのあからさまな感情表現の奥にも、どうしてそんな風に感情が動くのか、という理屈が見えてくるのが面白い。
こうしてみると、ガーディがかなりロジカルに物事や人物を観て分析しているのだけれど、そうやって得られた客観的・合理的な結論をこの子は冷徹に処理するのではなく、素朴な優しさ、お人好しな考え方でクルッと包んでしまって対処するのが、凡百の軍師とは違うところなのだろう。しかも彼の場合それを無理してやっているのではなく、天然無垢にやっていて自分のお人好し加減についても悩んでないし、それは良いものだとむしろニコニコと受け入れてるんですよね。それが何とも興味深い人物造形になっている。フローリン姫を始めとして、彼と関わることになった主要人物たちはみんな善人の傾向にある人たちなので、相性もいいんだろうなあ。
一方で戦場描写の方は期待通りの硬派であり、戦国系のファンタジーらしいダイナミックさもあり読み応えもタップリ。ガーディは当初、エルフ譲りのその弓術をもってフローリン姫を助ける事になるのだけれど、同時に戦術家としての見地も戦いながら深めていくんですね。とは言え、彼のスタイルって軍師と書いて想像されるそれとちょっとズレてて……あのピクシーたちの使い方といい、近代通り越して現代戦的な考え方じゃないの、それ。戦闘支援システムを独自に構築しようとしてません? こっちの主人公も「イヌワシ」になりそうな勢いである。
当面の好敵手となりそうなグランドラ王も、曲者食わせ者でとにかく癖の強いキャラで面白いんですよね。妙に憎めないキャラにもなっているし、それでいて極めて有能な戦争屋という。尤も、戦国日本を基礎ベースにしているらしいので、乱世らしく彼ばかり相手にしている事にはならない雰囲気もありますけど。

しかしガーディくん、エルフの少女に拾われて育てられたエルフの村の異端という扱いなんだけど、そのガーディを育てたエルフのお母さんが、彼から母として慕われているのだけれどどう見ても幼女w
いや、見た目もそうなんだけど中身もあれホントに子供ですよね、それも小学生の低学年くらいじゃないのかもしかして。年齢的には60になるらしいのだけれど、エルフの中でも童女と明言されているので間違いなく……。
二人が一緒にいるシーン、殆どないのですけれど保護者完全にガーディの方だったよな、あれ。それでいてガーディは本心から彼女を母と慕っているので、妙にこう倒錯した感じがw 年上だけど年下の母! 幼女に育てられる、という新感覚!
今後、このエルフ幼女お母さんに本格的な出番があるのだろうか。わたし、気になります。

芝村裕吏作品感想

遙か凍土のカナン 1.公女将軍のお付き3   

遙か凍土のカナン1 公女将軍のお付き (星海社FICTIONS)

【遙か凍土のカナン 1.公女将軍のお付き】 芝村裕吏/しずまよしのり 星海社FICTIONS

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公女オレーナに協力し、極東にコサック国家を建設せよ。
日露戦争屈指の激戦・黒溝台の会戦で負傷した新田良造。帰国後、彼にもたらされたのは、不可解な叙勲と、可憐なコサックの公女だった……。
広大なユーラシア大陸を舞台に、大日本帝国の勇敢なる騎兵大尉にして、“一人目のアラタ”新田良造の戦いが始まる──。
『マージナル・オペレーション』のタッグが放つ凍土の英雄譚、ここに開幕!
ああ、時代だなあ。
いきなり日本語が変になってしまいましたが、現代と違うその時代特有の空気感を嗅いでしまうと、ついそんな感慨が湧いてしまうものです。前半の血で血を洗う大陸を舞台とした日露戦役に、戦後の浮ついたどこか忙しなさに包まれた明治最後期の日本。そんな時代背景をふわふわと地に足を付けないまま彷徨っている一人目のアラタ、新田良造という青年将校。時代に馴染めていない、というのではないでしょう。戦場での経験が彼を時代に合わせる事の出来ない精神構造にしてしまった、というのもちとそぐわない。何しろ、大陸で銃火を潜っているその時から、どうも彼には現と剥離した気楽なものがあったように見える。まあ、気楽と言うには随分と気分も重々しく鬱々と楽しまない性格の持ち主のようだけれど。
結局のところ、彼はそもそも流離う人のように見える。馬の背に乗り、明確な目的地なくどこまでも駆けて行ってしまうような、一所にとどまれず、執着出来ず、拘れず。
なるほど、狭い島国の窮屈な組織に留まるよりも、何のしがらみもない大陸で自由に浪人でもしていた方が似合いそうな御仁だ。一方で、だからこそか、自らしがらみに囚われたがる気質にも見える。執着しない性格だからこそ、意固地なまでに信念に拘ろうとしているようにも見える。
つまるところ、勝手な人物だ。手前勝手に押し付けて、相手の気持ちを考えているようで勝手に自己完結してしまっている人柄である。なまじ温厚篤実で誠実で、優しく頭脳も明晰、曲がっていない人だからこそ、悪者になれない人だからこそ余計に質が悪い。
内縁関係にあった女性が、彼に対してどういう気持ちを抱いていたのか、想像に難くない。彼女の不貞が発覚した後、彼が見せた態度、彼が残した手紙を前に、どのような想いを抱いたかだろうことも。凄まじく残酷な男である。
オレーナに対する態度もまあ……優しさというナイフでザクザクと切り刻むような残虐さにおののくばかりだ。オレーナが泣く度に胸が痛む。結局のところ、彼は自分の信念にプライドを満足させているところがあって、勿論オレーナという異国から救いを求めてきた少女の事を最優先で考えているのだけれど、それは彼の信念に基づくイメージの産物であって、少女の気持ちについてはほんとうの意味で考慮はしてない。彼の意思、覚悟、罪悪感や後ろ暗さはあくまで彼自身のものであって、彼女の気持ちには何の関係もない事については頭にもない。その意味では彼もまた、男性本位の時代の男であるのだ。
もっとも、その価値観は「アラタ」のものであって、時代に沿う価値観とはまた別のモノ、という気もするのだけれど。

一方で、確かに良造の価値観はまさに幕末の動乱期から明治・大正へと移り変わっていく時代の男のもので、現代のものとはかけ離れた部分が随所に垣間見える。でも、これは自然なんですよね。昔の時代を今の価値観で捉えて、それで人を動かそうとしても気色の悪いことになるばかり。だからこそ、この作品からは正しくその時代の「匂い」が漂ってくる。
芳しい、スルリと馴染む空気の香りだ。まだ大陸で、何者でもないものが自由に地平線の向こうまで闊歩できる時代である。それは、動乱の隙間にわずかに存在しただけの時代かも知れないが、確かに実在した遮るもののない時代である。そこに、まだ幼くも毅然とした姫君の伴をして飛び込んでいく、冥利に尽きる男の旅路。そこにどんな陰謀や思惑がまとわりついていようとも、その根底にあるのは実にシンプルな理論だ。一人の少女を幸せにするために、生命を尽くす。まさに、男子の本懐である。その為ならば、当の少女をどれだけ泣かせてしまおうと、まあ瑣事である、と言ってしまっては酷な話か。こればっかりは、泣いてる当人が自分で頑張ってぶっ飛ばすべき問題なので、あとは姫様次第であるか。

芝村裕吏作品感想

マージナル・オペレーション 033   

マージナル・オペレーション 03 (星海社FICTIONS)

【マージナル・オペレーション 03】 芝村裕吏/しずまよしのり 星海社FICTIONS

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そして、仲間たちの血は流れる──。
新宿を恐慌に陥れた戦いの後、アラタたち一行は日本を出国し、タイへと降り立った。その地でアラタを待っていたのは、“子供使い”の悪しき影響で横行する少年兵を使ったビジネスと、“あの男”との思わぬ形での再会だった。再び、ファンタジーで現実を壊すべく、戦いに身を投じるアラタだったが、わずかな油断が、子供たち──そして、彼を愛した女の命を窮地に陥れてしまう……。熱帯の戦場に血飛沫が舞う、緊迫の第3巻!
これは確かに完全にアラタのミスだなあ。それも、単なる判断ミスや油断というよりも、根本的に自己評価が間違っている点と他人の気持ちや心情を察することの出来ない鈍感さが招いた破綻だったような気がする。勿論、自分を過大に評価してしまう事は大きな被害を招く理由になるけれど、自己の過小評価もまた客観的な判断が出来ていないという点で状況判断にミステイクを起こしやすいという意味では大した違いはないのかもしれない。アラタは自分の能力と影響力について賞賛を受けたがらないあまりに、過剰に自分を卑下する傾向があるけれど、自分の名声と能力が他人にもたらす影響というものをもっと真剣かつ深刻に考えていれば、この事態は避けられたんじゃないだろうか、と思わざるをえない。
ただ、どうもこのあたり、意識が足りないとか現実逃避というよりもアラタという人間がそもそもそういう考えを巡らせられない、想像できない欠落を持っているんじゃないか、という風にも見える。どうも、治るように見えないんですよね、他人の感情の特定の領域部分を全く理解できていない、というのは。決して人の心がわからないというわけじゃないんだけれど、恋愛感情にしても嫉妬にしても憎しみにしても、ある一定の熱量を持った感情をぶつけられても、全く認識出来ていないような素振りがつきまとっているのである。さて、それが自分という人間はそれほど強い感情を向けられるに値するだけの価値はない、という自己評価の低さが根底にあるのか。それとも、人の心がわからない後付の理由として、そういう風な設定を自分の中に構築しているのか。
何れにしても、後悔してもし切れないほどの取り返しの付かない失敗をしてしまったアラタ。喪ってしまったものの大きさに打ちのめされている暇もなく、彼の前には彼を中心にして稼働し出した巨大なシステムが誕生してしまった。子どもたちを守るため、子どもたちに未来を与える為に、子どもたちを戦場に送り出す矛盾したシステムが。
果たして、彼は壊れずに居られるのか。それとも、もう既に壊れてしまっているのか。ラストから、平素と変わらないように見えてどこか乾ききって温度が感じられない空気をまとうようになった気がするアラタの今後に、身震いするような薄ら寒さがまとわりついて離れない。こればっかりはもうジブリールに頼る他ないんだろうけれど……、この娘兵士としてはともかく、女性としてはかなり脆いというか、粘れずに泣いてしまうところがあるので、こうなってしまったアラタに果たして訴えかける事が出来るのか、ちょっと不安なんですよね。

1巻 2巻感想

マージナル・オペレーション 023   

マージナル・オペレーション 02 (星海社FICTIONS)

【マージナル・オペレーション 02】 芝村 裕吏/しずまよしのり 星海社FICTIONS

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次なる戦いの地は、日本!
中央アジアでの戦いを経て、一年ぶりに日本に降り立ったアラタと2ダースの“子供たち”。彼らを待ち受けていたのは、空港での通り魔事件と、日本の国家組織を名乗る謎の女性“イトウさん”だった──。通り魔事件、イトウさん、新興宗教、そしてかつての上司と同僚……全てが結びついたその時、アラタは東京の市街での作戦遂行を決意する──。『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が奏でる“現代の神話”、堂々の第二楽章開幕!
こうして見ると、日本という国は暮らしやすい国だとは思うんだけれど、それにはまず最初から日本という国に所属している必要があって、後から入ってきて生活基盤を構築するというのが非常に難しいところなんだよなあ。一個人や一家族ならば、それでも努力や環境の選択次第で何とかなるんだろうけれど、アラタの連れてきた子供たちみたいなケースだと途端に最難となってしまう。まあこういうケースの場合、日本だけがダメ、というわけじゃないんだろうけれど。
最初から、アラタも日本で子供たちを受け入れて貰えないか、と期待していたわけでもなく、そもそも一度外を見てきた事で、果たして子供たちが健全に育つ環境として、この国が適しているか、についても疑問を覚えてしまう。
ただ、どうかな。そういう教育環境としてこの国はアラタが思っているほど悪いとは思わない。ああいうモラルとかいうのは、周りの大人やコミュニティがしっかりしていてまともだったなら、往々にちゃんと育つものだし、アラタやオマルが付いているなら、それはそんなに問題じゃないんですよね。それなら、戦地にいて戦塵と人死に塗れるよりもよほどマシな環境だろう。だったら、なぜアラタがこうした点を危惧してしまっているかというと……他にちゃんと責任をもって子供たちを守ってくれる組織や環境があったなら、彼は子供たちを任せてしまう気満々だ、というところに問題があるのでしょう。結局、彼は子供たちを自分が守っているのは緊急避難だ、という意識が何処かに根ざしているんじゃなかろうか。最後まで面倒を見る、という意識がどこか欠けているきがするんですよね。ただ、それは当然なことでむしろ放り出さずにこうやって責任をもって子供たちを遣う、という形ではあっても子供たちを守り続けていることはとてつもなくえらいことで、誰にでも出来るという事ではないのです。でも、本当の意味で彼らの保護者じゃないんだよなあ、アラタは。
大人だったら放り出していますよ、という彼の発言は、彼の人間性を表していると同時に彼の子供たちに対する責任感が、愛情は無いとは絶対に言わないけれど、大きな義務感によって培われている事を示しているような気がするのです。
ジブリールの今回の日本訪問における、彼女らしからぬ情緒不安定さは、このあたりのアラタの自分たちに対する姿勢を正確に察していたからなんじゃないかなあ、と思う所で。
異性としてアラタを意識しているから、アラタの自分への接し方が子供に過ぎない事に対して苛立ちが募っている、という向きもあるんでしょうけれど、それ以上に彼女の不安感にはアラタに置いて行かれる、というような観念があるっぽいんですよね。最初、アラタの気持ちからしても彼女のそうした不安は過剰反応だろう、と思っていたんですけれど、上記したようなアラタの子供たちの姿勢に気づくとあながちジブリールの不安も根拠が無いわけじゃなさそう、と思えてきたわけです。
しかし、アラタの立場からすると自分が最後まで子供たちの面倒を見る、と言うことはどうやったって子供たちを戦場に送り込むことに繋がるわけで、出来ればさっさと自分の手元から離してあげたい、と思うのは仕方ないんですよね。対して、子供たちの方はジブリールを含めて自分たちが兵士として戦場で戦うことに全く疑問を持っていない。この齟齬が、この日本訪問でもジブリールを中心とした子供たちとアラタとの微妙な齟齬の起因となっていたんじゃないだろうか。
この齟齬と問題を解決するには、つまるところアラタが戦争以外で子供たちを全員養い教育して育てるだけの財を蓄える事ができるか、に掛かってるんだろうけれど、こればっかりは目処たたんわなあ。

あと、この日本は幾らなんでも物騒すぎです。さすがに、ここまで酷いテロはオウム事件以外この国では起こってないと思うし、これほどの事件を衝動や暴走じゃなく、作戦として行われてしまうような異常な治安状況にはなっていないと思いたい。少なくとも、表沙汰にはなってないし。アラタたちが活躍する余地がある国じゃ、まだ日本はないよなあ。

1巻感想

マージナル・オペレーション 01 4   

マージナル・オペレーション 01 (星海社FICTIONS)

【マージナル・オペレーション 01】 芝村 裕吏/しずまよしのり 星海社FICTIONS

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30歳のニート、アラタが選んだ新しい仕事(オペレーション)、それは民間軍事会社──つまり、傭兵だった。住み慣れたTOKYOを遠く離れた中央アジアの地で、秘められていた軍事的才能を開花させていくアラタ。しかし、点数稼ぎを優先させた判断で、ひとつの村を滅ぼしてしまう。
モニターの向こう側で生身の人間が血を流す本物の戦場で、傷を乗り越えたアラタが下した決断とは──?
『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩(マーチ)が、今はじまる!
傭兵とは言っても、ランボーとかスネークみたいなマッチョな兵士やエージェントとは全く違う職種なんですよね、アラタがついた仕事って。ついつい傭兵というと、現場で銃火器を振りかざして戦うのを想像してしまいますし、最近だと【ヨルムンガンド】という武器商人を主役にした作品で、民間軍事会社についてもチラリと描かれていましたが、そこでも直接的に描かれていたのは現場で銃持って護衛や輸送任務に従事していた人たちですからね。容易にそちらが思い浮かぶのが普通で、私も全然戦闘経験皆無の一般人に過ぎなかったアラタが、どうやったら傭兵になんかなれるんだろう、と読む前は疑問に思っていたものでしたが……普通に日本で開かれた会社説明会に参加して試験受けて面接受けて就職しましたよ!?
すげえな、民間軍事会社。こんなに普通に募集しているものなのか? 探したことないけれど。
いや、多分本来なら前職が軍属という人材をこそ優先的に集めるのが普通で、軍務経験の一切ない一般人を、後方従事職どころか前線任務につけるために採用するのは、幾ら適性を洗いだしたからといってそうそう普通には行われないもの、と思いたいんだけれど実際どうなんだろう。欧米の会社なんて日本の常識通じないところあるんだろうしなあ。
ともあれ、なんやかんやで民間軍事会社に採用されてしまったアラタが訓練と称してやらされたのは、腕立て腹筋行軍訓練、なんて肉体的なものではなく……いや、これは実際読んで見てもらったほうが「うぐぐ」となるでしょう。これはまあ、なんというか発想として凄い。完成品をつくり上げるための訓練の思想が普通に思い描くものとまるで違うんですよね。いや、士官教育とか指揮官教育なんて実際詳しく知らないんだけれど、ここまでシステマチックなものではないしょう。そもそも、これって指揮官じゃないですよね。正確にはオペレーター。戦闘管制官とでも評したらわかりやすいのか。現場に立たず後方に座っていながら、リアルタイムで入ってくる現地の情報を俯瞰的に分析し、現場の部隊に指示を出すというお仕事。この作品では「00」という職名になってますけれど、あとがきによればこういう職は実際にはないのだとか。だけれど、情報の収集と伝達の精緻度が極めて高まりほぼ兵士一人一人の状態まで把握し切る現代戦においては、後方に居るほうが現地に居るよりも圧倒的にたくさんの情報がリアルタイムで集まりそれをリアルタイムで伝えることが可能だから、現地の部隊の指揮を後方からとることも出来るわけで。一昔前の戦争と、やり方が根本的に変わってる部分が、こうしたところなんだよなあ。
これも【ヨルムンガンド】から引用するんだけれど、あのアニメで米軍の特殊部隊、SEALSだったっけか? 細かいところは忘れましたけれど、あれと交戦するシーンがあるんですけれど、SEALSも主人公サイドの部隊も現地の地理情報から敵の動きなどを含めた敵情の入手、そこから判断スべき大まかな戦闘方針は、ほぼ現場じゃないはるか後方からの指示に依ってたんですよね。あれ見た時は、凄いなあと思ったものでしたが、こうした戦争のやり方が米軍の下で従事しているとはいえ、民間の軍事会社ですら行えているというのなら、現代の戦争のやり方って、よく戦争を知らない日本人の漠然としたイメージからは、もう既に遥かに逸脱しちゃってるのかもしれませんねえ。
とまあ、この主人公のアラタも、確かにそんな日本人の一人であったはずなのですが、何も知らないということは頑なで未知を受け入れないというケースとは逆に、知らないからこそ何でも柔軟に吸収してしまう、という形もありえるわけです。幸か不幸か、アラタには何も教えられていないにも関わらず、軍事作戦というものに対するセンスがありました。発想が自然に、戦争のやり方に最適化されてたんですね。
ただ、問題は彼が全く自分が戦争をやっているという自覚がなかったこと。これは、もう会社側の訓練と実戦の
境界線を曖昧にする方法が悪魔的というべきか、巧妙極まったせいでもあるのですが、そのせいでアラタは知らず知らずのうちに後戻り出来ないところまで踏み込んでしまっていたのでした。いや、これは後戻り出来ない事はなかったんですよね。会社側は決して枷をつけるために、こういうやり方をしていたのではないし、アラタも辞めようと思ったらいつでも辞めれたはずなのです。しかし、皮肉なことに彼のメンタルが当たり前なくらいに健全だったからこそ、彼は自分がやったことの責任を放り出すことができなくなってしまったのでした。オマルとジブリールという、こんな界隈では得がたいまでの素晴らしい友人と自分を無垢に慕ってくれる子供たちと知り合ってしまったのも、ある意味放り出せも突き放せなくもなってしまった原因なんでしょうなあ。出会いの素晴らしさに感謝するべきか、むしろそれこそが彼をドツボにハマらせたのか。

ともあれ、二転三転の紆余曲折を辿る過程から、予期せぬ結末も含めて期待していた以上に面白かったです。いや、これはほんとに面白いわ。ぐぐっと自分がのめり込んでしまう感覚を味わいました。既に4巻まで出ているのですが、早速既刊揃えたいと思います。
 
12月3日

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