【長崎・オランダ坂の洋館カフェ シュガーロードと秘密の本】 江本マシメサ/げみ 宝島社文庫

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長崎の女子大学に入学した東京出身の乙女は、オランダ坂の外れに一軒の洋館カフェを見つけ、バイトをすることに。クラシカルで雰囲気たっぷりのカフェのメニューは、一日一品のデザートセットのみ。不機嫌顔のイケメンオーナーは、本業不明でやる気ゼロ。その上、雨降る夜にしか開店しないという謎システム。乙女は怪しすぎるバイトをやめようかと思うが、提供される極上スイーツに攻略され、徐々にカフェと長崎の歴史に夢中になって…。

長崎って学生の頃に修学旅行で九州を回ったときに立ち寄ったのだけれど、グラバー邸とちゃんぽん食べたくらいでじっくりと街を回ることも出来ずに印象らしい印象も残ってないんですよね。お土産物屋さんでカステラ買ったりはしたけれど。とはいえ、子供の頃に町並みをじっくり堪能、なんて情緒を噛みしめる真似なんか出来なかったでしょうね。
そんなこんなで、長崎って通り一辺倒の坂が多い、洋風情緒の感じられる街、というイメージしかなかったんだけれど、本作を読んでてちょっと驚いたのは思っていた以上に街の佇まいに中華の風情もあるんですねえ。和洋中がハイカラに混じった横浜とか神戸とはまた違う独特の風情があるんですなあ。これを和華蘭文化と呼ぶらしいのですが。
というわけで、長崎情緒を想像以上にじっくりと堪能できるお話になっていました。オーナーの経営する雨の日の夜だけ開店するカフェでは、一日一品長崎や近隣にまつわるお菓子が出されるのですけれど、これがまたみんな知らないはじめて知るお菓子ばかりで。でも、知らないからこそ関心をもたせるような心憎い描き方されてるんですよね。お菓子一つ一つに由来や由縁があって、地元の名産・特産、或いは地元の人たちの間だけで愛されているものとして作られ、提供されているのが伝わってくる描写なのです。しかし、ほんとに多種多様あるんだなあ。これ、みんな知る人ぞ知るってなもんで、長崎在住の人でもみんな知ってるってもんでもなさそうなんだけど。

とまれ、そんな長崎情緒あふれる雰囲気を、愛想の欠片もないオーナーがそっけなくもせっせと乙女に教えてくれるんですね。気難しそうなこのオーナーとの距離感に悩みながらも、段々とカフェの雰囲気、なにより長崎という土地に愛着を抱いていく乙女さん。そうするうちに、オーナーの不器用ながらも親切で丁寧な気遣いに気づき、心惹かれていくものの、オーナーの態度は相変わらずそっけなくどうやら女性の影もあって、やっぱり距離感に悩んで二の足を踏んでしまうのだけれど……。
このオーナーって、愛想のない猫みたいなもんなんですよね。実際、あんまり懐かない猫が登場するのですけれど、結構暗喩みたいなの入ってるんじゃなかろうか。愛想の欠片もなく、どれだけ構ってもろくに反応もしてくれない猫だけど、そもそも相手をするのが嫌なら近寄りすらせず避けて逃げるはずなんですよね。文句言わずに毎日顔見せにきてくれるということは、つまり大いに懐いてくれてるって事なんですよ。
このオーナーも似たようなところがあって、オーナーとしては精一杯愛想振りまいてたつもり、というかめっちゃアプローチしてたんですよね。まあこんな気難しそうな人が、バイトのときいつも夜一人女性を歩かせてはいけないと迎えに来てくれたり、休みの日に出かけるのに誘ってくれたり、なにか思う所なければしてくれないわなあ。ただ、乙女の察しの悪さもさることながら、誤解させるような言動がオーナーに多すぎるのも悪いんですよね。無愛想不器用を通り越して、あれ思わず気後れしてしまう言い方だしなあ。
でも、あの気難しそうな表情のその裏で運命の出会いにずっとドキドキしていた、なんて想像してしまうと思わず微苦笑が浮かんできてしまうのでした。乙女のその鈍さゆえになかなか気づいて貰えなくて進展しない関係でしたけど、でも彼女がこれだけ鈍くておおらかでなかったらとても上手くいかなかったんじゃないだろうか、と思えば多少時間が掛かったとはいえ良き顛末だったのではないでしょうか。