【風銘係あやかし奇譚】  SOW/ 鈴ノ マイクロマガジン社文庫

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維新の大英雄、西郷隆盛の起こした西南戦争で新政府軍に破れた薩摩のサムライ・乃木虎徹。
罪人として護送された先に待ち受けていたのは「内務省警保局図書課風銘係」で働く小娘・卯月。
彼女とともに文化振興事業を手伝うことになる虎徹だが食べたことのない味のパンに驚き電信がアメリカまで届く技術の革新や、食文化の違いに対応できず慌てふためく。
時代の流れを受け入れられず、武士としての挟持に悩む虎徹を頑なに文明に導く卯月の目的と正体とは……。
元サムライ青年とあやかしの少女が巻き起こす、文明開化あやかし奇譚。
風銘係って語音といい、言葉に込められた意味といい実に雅味で良い名称なんだけれど、傍からはさっぱり意味わかんないですよね。虎徹が混乱したのもよくわかる。これは説明されないとなあ。
武士の時代から突然近代国家の時代へと移行することになった激動の転換期である明治時代。中でも明治10年に起こった西南戦争の頃までは、まさにその過渡期も過渡期。この島国に暮らす民が時代そのものの大変化を痛感していた頃だったのでしょう。そして、その時代の変化に必死についていこうとするもの。変化そのものが認められずに背を向けるもの。廃仏毀釈運動における狂乱とも言うべき暴走や、士族反乱の頻発などはその象徴とも言うべきものでした。
その両方に深く関わる卯月と虎徹。いわば時代に拒絶され、背を向けようとした二人が揃って文化振興事業という名の時代の橋渡しを担う役目に付く、というのは何とも妙味ある話なのではないでしょうか。
尤も、積極的なのは卯月の方であって、虎徹の方はというと西南戦争で捕虜になりドサクサで引っ張り込まれ、戸惑うばかりなのでありますが。それでも、性格的に意固地で狷介そうに見えて案外素直に話を聞くんですよね、この侍坊や。聞く耳持たない人は本当に何を言おうと何を見聞きしようと梨の礫なのですが、虎徹は武士という立場には拘りながらも武士としての体面とか面子なんかには拘らず、似合わない仕事にも真面目に取り組みますし、自分の知らないことや新しい時代で起こっている様々な出来事に対して、卯月の語りにじっと耳を傾け、真っ向から理解しようとしている。
そうした上で、自分は時代に置き去りにされていく武士という要らない存在なのだ、という認識を深めて言ってしまうのは、変に過去にしがみついているのとは全く異なる真面目さと素直さ故の堅物さだなあ、とそういう状況でもないにも関わらずなんだか微笑ましく感じてしまう部分でした。
それは、卯月が必死になって拘るのがわかる可愛らしさなんでしょうなあ。
当初の計画通り、じっくり時間を掛けて説明を重ねていけば、彼の素直さと聡明さからいってわりとすんなり自分の状況を受け入れることが出来たかもしれませんし、逆にこの急転と黒鴉という時代に相いれぬ存在と激しく敵対することによってしか、虎徹が自分の存在を痛感し受け入れることが出来なかったのかもしれません。こればっかりはIFを考えても仕方のないことで、また結果オーライとはいえ丸く収まったわけですからこれで良かったのでしょう。
こと、卯月と生きていく、という覚悟を得るための一歩としては、穏当に事実を飲み下すよりも今回のごとく痛烈に乗り越えた方が後々のことを考えても良かったのかもしれません。卯月としては、虎徹大事でありますから、こんな危険な真似は絶対にさせたくなかったでしょうけどねえ。いっそ、完全に変転してもらった方が、卯月としては永々と付き添ってもらえる可能性が高くなるわけですから良いようにも思うのですが、彼女のように元からそうだったのと違って虎徹や黒鴉みたいに人間から、というパターンだと性格も墜ちてしまうんでしたっけ。それならまあ仕方ないか。個人的には、新しい時代をそれまでと違って一個人として生きていく意欲を奮っている卯月には、その果てまで一緒に付き添ってくれるパートナーが居てくれた方が良いんだろうな、と思うところなのですが。
明治初期の古きと新しきが混沌と渦巻く時代のうねりを強く背景に感じさせつつ、そこで生きる人達の戸惑いと力強さを感じさせてくれる良作でありました。主人公とヒロインが好感の持てるしっかりとした人物だと、尚更読み応えがあっていいですねえ。

SOW作品感想