【12ハロンのチクショー道】 野井ぷら/卵の黄身 オーバーラップノベルス

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日本ダービーを制覇せよ!

12ハロン――競馬で数々の歴史を作り、人々を魅了してきた2,400mの道のり。
ある男は転生した――地方零細牧場の競走馬に。
その名はサタンマルッコ。
栗毛で額に位置する真ん丸の白い星がトレードマークのサラブレッド。
地方競馬を連戦連勝し、調教師小箕灘はオーナーの中川を説得して中央競馬へ参戦させることに。
「マルッコはダービーを獲る馬です」
さらに賞金を積み重ねたマルッコは日本ダービーへの切符を手に入れる。
騎乗するは数多のGIに優勝歴を残すベテランジョッキー、縦川友則。
だが彼は、日本ダービーで一度も優勝したことのないジンクスを抱えた騎手だった――。
「それでは日本ダービー、本馬場入場です」
かくしてファンファーレが鳴り響き、世代頂点の馬を決める優駿の門が開く。
金と見栄と名誉と意地が渦巻く熱狂の世界へようこそ。
これは競走馬にされてしまった男と、そんなでたらめな馬に魅了された人々の熱き競馬物語。
豆知識。競馬場のコース上に建ててある数字の書かれた標識は、ゴール板からの距離が記されたもので、1ハロンごとに建てられています。ハロンとはメートル換算で200メートル。
つまり、タイトルの12ハロンというのは2400メートル。現行のG1レースにおいては東京競馬場の日本ダービー。オークス、そしてジャパンカップで採用されています。
あんまり12ハロンとかは言わないんですけどね。電撃の6ハロン戦とか、1200メートル戦では使われたりしますけれど。
本作は競走馬として生まれ変わってしまった男の馬生を描く、と言っても当のサタンマルッコの視点では物語は描かれません。あくまで、かの競走馬と関わる人間たち、関係者の目線から描かれる物語となっています。勿論、人間たちはマルッコの活躍をただ見守っているわけではありません。調教師の先生も、馬の世話をする厩務員も、マルッコの生産者にして馬主となった牧場主も、そして当の馬に跨ってともにレースを走ることになる騎手も、直接関わることのない競馬記者も競馬ファンも、マルッコの競走馬としての走りに一喜一憂し、それぞれに各々の人生の一端を賭けて捧げていくことになるのです。
それを、きっと「夢を見る」というのでしょう。これは、一頭のとんでもない問題児となる競走馬に夢を見た、人々の悲喜交交の人間ドラマなのでした。
競馬というジャンルはギャンブルです。お金を賭けて、その回収に執心するどうしたって人の欲望をむき出しにするイベントです。でも、それだけならこんなにも過去の馬が、過去のレースが、過去の勝負が語られ続けることはないでしょう。人々は、馬たちの走りに心打たれ、感動し、魅入られ、記憶に焼き付け、いつまでもいつまでも熱を込めて、あの時垣間見たドラマを、伝説を、神話を語ってしまうのです。あの馬たちの名前を叫んでしまう。
忘れないんですよ、忘れられないんですよ。いつまでも、心に残り続ける。

これは、そんな競馬の一幕を描いたドラマです。夢を追い、夢を賭け、夢に挑んだ人間たちの、そして自身走ることに、勝つことに執念を燃やした馬と騎手との一心同体となって戦う闘争の物語。
彼らに夢を託した人々の願いの物語。

最初、サタンマルッコは一頭で走っていました。みすぼらしい見た目で、セリで売れもせず牧場主がブリーダーズオーナーとなって、走らせることになった誰も期待していなかった馬でした。だから、彼は一人で走っていた。上に乗せている騎手なんて信頼するどころじゃない、ただの斤量調整の重石に過ぎず、その指示はガン無視。自分で考え自分で仕掛け自分で走り抜く。
しかし、走る当人であり視野がどうしても限定されてしまい、駆け引きも十分に出来ない身の上としてどうしても限界があり、ある時増長と油断の末に自身の判断ミスでライバルの馬に敗北を喫してしまうのです。その時、鞍上の騎手……ベテランの縦川がマルッコの耳に囁いたのでした
。「マルッコ、俺にやらせろ。お前が描いた最適解を、俺がレースで見せてやる。ペースは任せろ。だからお前は走ることだけに集中するんだ」

その時から、一人と一頭は一心同体の一騎となったのです。
次は勝つぞ

時として、名馬は騎手とセットで語られます。唯一無二のコンビとして、かの騎手こそがかの名馬の全力を引き出したとして。あの騎手こそが、あの馬を勝利へと導いたとして。
この物語においても、サタンマルッコと縦川騎手はまさに最良のコンビでした。勝つために、一番先にゴール板を駆け抜けるために。夢を預けあった関係でした。
そして縦川騎手は、これまで勝てなかったダービーを、日本ダービーを。日本競馬の最高峰にして、誰もが目指さざるを得ない頂点を掴むための、最後の希望として、自分の夢をマルッコに託したのでした。

縦川騎手、モデルは横山典弘騎手ですね。職人にして、馬の気持ちを導く手腕に優れていて、あの気まぐれゴールドシップが全然走る気を見せず、ゴルシは相手との勝負で勝てるかどうかじゃない彼自身が走る気になるかどうかだ、と語られてた時期に、彼ならば走る気を起こさせてくれると鞍上を託された騎手でもありました。そうして走った2015年天皇賞(春)の当時の競馬の常識をひっくり返すレースっぷりは今なお語り継がれています。
レース前に自分が乗ることになった有力馬について多弁に語ってしまうと、そのレースで大コケしてしまう、なんてジンクスがあるのですが、縦川騎手もまさにそんな話があるので、モデルなんでしょうね。
ちなみに、ノリさんは既にダービーは二勝していて戴冠済です。今、ダービーだけが縁がない、というベテラン騎手っているんですかね。善臣さんはダービーというかクラシック全般縁ないし。

普段は人懐っこくてイタズラ好きでお惚け者でお調子者の問題児。でもレースとなると闘争心むき出しの闘士となる。そして今や縦川と人馬一体。
誰にも見向きもされなかった見すぼらしい貧相なクズ馬が、地方競馬から駆け上がり、今7000頭を超える同世代の馬たちの頂点たる日本ダービーの勝利の栄冠を。どれだけ足掻いても届かなかった一人の騎手の魂を売り渡しても手にしたかった栄冠を。
人々の夢を背に、一頭の畜生が一人の漢を背に乗せて、東京府中は2400メートルのターフを駆け抜ける。
これぞ12ハロンのチクショー道。

熱い夢が、熱いドラマが込められた、競馬という競技の魅力、サラブレッドという愛すべきものたちの魅力を描き出した、手に汗握る物語でありました。
イラストは馬は実にこうムキムキで愛嬌あって良く描けたと思うんですけれど、この絵師の人って前の戦記モノでも思ってたのですけれど、おっさん描けないのかなあ。調教師も騎手ももういい年したおっさんのはずなんだけど、貫禄もなにもない童顔の若者か子供かくらいにしか見えないんだよなあ。それだけがちょっと残念でした。