86

86―エイティシックス― #22「シン」  


何ヶ月だ。結局クール中にクオリティを確保出来ないということで完結できずに延期していた最後の2話がついに公開。
待った、待たされた甲斐がありました。動的な激しいシーンは実のところ前回のモルフォ撃破で終わっていたというべきなのでしょうけれど、86―エイティシックス―という物語の集大成はこの回なんですよね。
行き着いてもうどこにも行けなくなったシンに、レーナ少佐が追いついてくるシーン。
二人の、再会にして初対面のシーン。このために86の物語はあったと言っていいくらい。
周りのみんなが先に先にと死んでいき、死出の道すらともに生き残ったライデンたちすらもシンだけを残して消えていき、先に逝くはずだった自分たちの代わりに、自分たちの足跡をずっと追いかけてくれるはずだった希望……ヴラディレーナ・ミリーゼ少佐もまた結局自分を残して逝ってしまった。シンはそう思っていたんですよね。
シンが明確にメンタルに不調を、ある意味自分の命に投げやりになりだしたのって、わかりにくいんですけれど自分たちがかつて生きていた、レーナ少佐が残っていたサンマグノリア共和国がレギオンの大攻勢によって滅亡したというニュースを聞いてからだったんですよね。少佐の生存が絶望的になった、となった時から、シンにとっての生きる意味が失われてから、ずっと彼は絶望の淵に立たされ続けていたのです。
その絶望が、もうどうしようもなくシンの心も身体も冒しきって動けなくなったそのときに、彼女が走ってくる。
アニメだと、モルフォを撃破したあとの自爆に巻き込まれて大破沈黙したシンが乗ったレギンレイヴ、座り込んで動かなくなった首の無い人に見えるんですよね。さながら、シンのパーソナルマークのように。あれは、凄いアニメならではの演出だった。
そんな首なし騎士の前に佇む一筋の赤く染めた髪をなびかせる白い少女。
お互いの声しか知らない者同士。レーナの声は最初、機械の不調によってシンには届かず、シンの声もまた破損した機外スピーカーのせいでノイズが混じってちゃんと聞こえない。
だから、話し始めた時はお互いに相手が誰か気づかない。でも、途中でレーナが配下のキュクロプスと同調したお陰で、レーナの声がシンに届くのである。届いた瞬間に気づくのって、もうシンってば、シンってば。そんでもって思わず少佐って呟いたあとに自分の側からの同調切っちゃうの、この男の子の繊細というかナイーブな面がもろに出ちゃって、もうシンってばシンってば。
でも、そこからあれほどまでに深い淀みのような絶望が、拭い払われていくのである。レーナの言葉は、シンのこれまでの人生を、生き様をぜんぶ肯定してくれて、許してくれて、讃えてくれて。シンのせいで死ぬのではなく、シンのおかげで生き抜くことが出来た。そして今尚、ちゃんと自分を追いかけてきてくれていたと知ることが出来た。
失われていた生きるための目的が、生きたいと願う意思が、彼のなかに明確に芽生えていくのである。
こんなにも明瞭に、人が絶望から救われるシーンはなかなかないと思う。もうここはなんか、ボロボロに泣けてしまって泣けてしまって。
これは、救いの物語だったんだなあ。

もう一話あるんですよね。ほんと、なんでこのポンコツ少佐は気づかないかなあw そんな二人の、それはもう一度の再会であり、もう一度の初対面。正座して見守りたい。


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86―エイティシックス― Ep.4 アンダー・プレッシャー ★★★★   



【86―エイティシックス― Ep.4 アンダー・プレッシャー】 安里 アサト/しらび 電撃文庫

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第八六独立機動打撃軍、始動。彼らの時計の針が、いま新たに動きだす――!
二人の奇跡を歯牙にもかけず。戦争は続く。ただひたすらに。

ついに運命の再会を果たしたシンとレーナ。どことなくいい雰囲気を醸し出す二人に、フレデリカとクレナは戦慄し、そして気を揉むライデンらの苦労は留まることを知らない。
しかしそんな束の間の休息を破り、レーナを作戦司令とする新部隊に初任務が下った。 共和国85区内北部、旧地下鉄ターミナル。地下深くに築かれたレギオンの拠点が、その口をあけて彼らを待つ。
そこに見えるのは闇。レギオンの、共和国の、そして彼の国が虐げた者たちの、闇。
シンとレーナ、二人の共闘を描く『Ep.4』登場!
“地の底からの呼び声が、彼らに新たな試練を告げる。”

一番懸念だった、シンとレーナの顔合わせ。声を通じてはずっとつながっていたけれど、実際に顔を合わせるのは初めてだっただけに、ギクシャクしたりそうでなくてもお互いの価値観の違いからすれ違いが生じてしまったり、というあたりを心配していたのだけれど。
そんな心配が考えすぎ、と思えてしまうくらい二人の間に流れる雰囲気は穏やかに寄り添い合うような距離感で、シンにとってもレーナにとってもそれぞれの存在が心の支え、或いは拠り所であった事実を、そのまま素直に受け入れているかのようでした。前回まで特にシンのメンタルが不安定極まりなかっただけに、レーナの存在をちゃんと受け止められるか、受け入れられるかほんと繰り返しになりますけど不安だったんですよ。まさか、こんな素直で落ち着いてて穏やかなシンエイが見れるとは思わなかった。
肝心要の二人がこんな風にとても落ち着いていたおかげで、全体としても今までで初めてと感じられるほど明るく憂いなく流れる時間がありました。
自分たちの後、レーナの傍らに居続けたシデン(思ってたのと全然キャラ違ったので驚いた!)にシンが嫉妬したり、逆にシンの隣を主張するフレデリカにレーナがもやもやしてみたり。
普通の年頃の男女みたいなやり取りを、彼らの間で見れるなんて。
まるで、未来が・将来が開けているような。戦うしか生きる術を知らなかった、自分たちを証明する手段を持たなかった86にとっても、進むべき標が得られたような。
そんな錯覚を……。

確かに、86たちにとって自分たち以外の確かなもの、信頼できる者、心も命も預けられる
人たち。優しく聡明で自分たちに心寄せてくれる特別な人達を見つける事は出来たのかもしれません。
でも、それは彼らの見ている世界にとって、ただの例外……掛け替えのない宝石のような、偶々手の中に飛び込んできた珠に過ぎなかったのでした。それ以外は、彼らにとって何も変わらない、今までと何も変わっていない。
過去もなく、未来もなく、ただ今を生きるために切り捨てていいものばかりの、呪わしき世界。諦め、期待せず、希望もなく、憎しみしか無い。そうあるべきだと心に刻んで生きている、悪しき世界。そこから、彼らは抜け出せず、抜け出そうとも思わず、むしろしがみつくようにこの世を呪って生きている。
その有り様は、まさに「少年兵」と呼ばれる現代の紛争地帯にも存在する、物心ついた頃から戦うための道具としてだけ生かされてきた子供たちの持つ傷そのものなんですよね。
たとえ彼らに手を差し伸べる人たちが現れても、その救いに来てくれた人たちを信頼し愛しても、世界そのものを無機質に憎み諦め続ける。
この物語は、決して安易に86という子どもたちを救うつもりはないのだと思い知らされたかのようだ。そんな程度で救われるほど、この子たちが負わされた傷は浅くはないのだ、易くはないのだ、その痛みは簡単なものじゃないのだ、と訴えかけるように。
覚悟を感じる。
痛みを描くことは、絶望を描くことは、心の奥底に根ざした諦観を描くことは、辛いはずなのに。この作者は、妥協せずにその傷の痛みを浮き彫りにし続けている。簡単には消しされない苦しみを、余すことなく描き出そうとしている。
彼らを、本当に救うために。彼らがお為ごかしなんかじゃなく、本当にこの世界を愛せるように。徹底して、徹底して、暴き出そうとしている。描き出そうとしている、そんな風に思うのだ。
たとえ、鮮血に塗れようとも。子どもたちと自分の撒き散らす血を頭から浴びようとも屈することなく。
その苦しみのたうち回りながら、86たちの痛みを本当の意味で消そうと足掻く者たちの尖兵として、【鮮血の女王(ブラッディー・レジーナ】は在るのだろう。
ヴラディレーナ・ミリーゼはこのとき、何と戦うべきか。何を勝ち取るべきか。何のために血に塗れるか、自らが負うべき傷と流すべき血の意味を、知ったのではないだろうか。
女王は倒すべき敵を理解した。だからこそ、彼女にこそ希望を託せる。この戦場の申し子たちを、どうか未来へ連れて行ってほしい。
どうか。どうか。




86―エイティシックス―Ep.3 ラン・スルー・ザ・バトルフロント(下) ★★★☆   



【86―エイティシックス―Ep.3 ラン・スルー・ザ・バトルフロント(下)】 安里 アサト/しらび  電撃文庫

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敵“レギオン”の電磁加速砲による数百キロ彼方からの攻撃は、シンのいたギアーデ連邦軍の前線に壊滅的被害を与え、レーナが残るサンマグノリア共和国の最終防衛線を吹き飛ばした。進退極まったギアーデ連邦軍は、1つの結論を出す。それはシンたち「エイティシックス」の面々を“槍の穂先”として、電磁加速砲搭載型“レギオン”の懐に―敵陣のド真ん中に突撃させるという、もはや作戦とは言えぬ作戦だった。だがその渦中にあって、シンは深い苦しみの中にあった。「兄」を倒し、共和国からも解放されたはず。それなのに。待望のEp.3“ギアーデ連邦編”後編。なぜ戦う、“死神”は。何のために。誰のために。

前巻、ようやくサンマグノリア共和国から逃れて自由を手に入れた86たちだったけれど、そこで得た平和な日常を享受できず、迫るレギオンの脅威を見なかったことに出来ず、もう一度戦場に戻っていった彼ら。本人たちをちゃんと見ず、哀れな子供たちというレッテルを張って同情を押し付けてきて、しかし思う通りの姿を演じずに自分たちの信念に従う彼ら86を、やがてギアーデ連邦の人々も不気味な存在と見做すようになっていく。
これ、難しいところなんですよね。大人たちの押し付けてくる善意は86たちがこれまで「人」として在るための拠り所だった信念をなかった事にするもので、結局86たちを自分たちの都合の良い、自分たちが良きモノたちであることを証明するための道具にしているようなもので、共和国での扱いと方向性は違うとは言え似たりよったり。86としては自分たちの存在意義を見失わないためにも、それを受け入れる事は出来なかった。
でも、連邦の人たちの善意は決して偽善というわけでもなく、本心からのものでもあり、彼らを本当の意味で理解し受け入れようとしてくれていた人たちも居たわけです。
86たちも、自分たちには譲れないものがある、ということを表立って示そうとはしてこなかった。彼らの境遇から仕方ない事なのかもしれないけれど、自分たち以外に自分たちへの理解を求めようという発想がそもそもないんですよね。連邦での生活は、彼らに余裕を与え頑なさを緩ませはしたものの、86たちだけで完結してしまっている閉じた世界を打破するまでは至らなかった。
とはいえ、フレデリカは凄く頑張って彼らの中に入っていってたし、エルンスト大統領やグレーテは食い下がって彼らを理解しようとしていた。それは決して無駄ではなく、楔となって打ち込まれていたのだけれど、やはり彼らの中で一番大きかったのはラストハンドラー、レーナ少佐との約束だったんですよね。
はじめて、向こうから彼らを理解しようと踏み込み、入り込んできた異端。
彼女こそが彼ら、特にシンと外界を橋渡しする架け橋のような存在だったのに。
だからこそ、サンマグノリア共和国が陥落し、おそらくレーナも死んだとわかったあの日から、シンからなにか決定的なものが失われてしまったのでしょう。
あれから、特にシンの様子が変わってしまい同じ86の仲間たちからも心を閉ざし、フレデリカが危惧するようなレギオンに取り込まれた戦士たちと同じ負の感情に苛まれながら戦い続ける機械のようになっていく有様は、今まででもっとも見るに耐えない痛ましさでありました。
生きる目的を失い、周りから大切なものたちが櫛るように死んでいき、自分だけが生き残っていく虚しさ。まず心をから死んでいくような、自分から死を求めるような有様は、死だけがゴール地点でありつつも生きる意志だけは失わなかった86としても終わっているような有様で。
それでも、自分から死ににいくような精神状態だけは、フレデリカの献身的な振る舞いとライデンをはじめとした仲間たちの叱咤で抜け出せたものの、決定的なナニカを内側から欠落させてしまった在り方だけはもうどうにもなりそうになかったんですよね。
フレデリカ、ほんと必死にシンの孤独を埋め、冷えた心を温めようと頑張っていたんだけど、彼女一人ではやっぱりどうにもならんかったのかな。

だから、フレデリカはレーナにちょっと嫉妬してもいいと思う。彼女が目の前に現れただけで、灰色に埋もれていた世界に急に色彩が戻っていくような覿面さは、それだけシンにとって彼女の存在がどういうものだったかを示すものだったんだろうけど。
本当に、覿面に彼を孤独から救ってくれた。呪いのようにシンを蝕んでいたものを、彼女はまたたく間に拭い払ってくれた。
望むものが生まれた。見る気もなかった先の未来が目の前に広がった。戦場での死がゴールではなくなった。
仲間たちはみんな先に逝くことなく、彼を独りにすることなく待っていてくれて、エルンストをはじめとして本当の意味で彼ら86を理解し受け入れてくれる人たちが居てくれている。
再会をきっかけに、シンの心は解き放たれ、重く閉ざされていた空気が一気に外へと開いて色彩を帯びていく。

そして、改めての再会と自己紹介。第一巻でのラストシーン。
やはりあの場面こそが、この物語の未来を描くスタート地点だったのだ。

シリーズ感想

86―エイティシックス―Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント(上) ★★★☆  



【86―エイティシックス―Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント(上)】 安里 アサト/しらび  電撃文庫

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共和国の指揮官・レーナとの非業の別れの後、隣国ギアーデ連邦へとたどり着いたシンたち〈エイティシックス〉の面々は、ギアーデ連邦軍に保護され、一時の平穏を得る。
だが──彼らは戦場に戻ることを選んだ。連邦軍に志願し、再び地獄の最前線へと立った彼らは、『隣国からやってきた戦闘狂』と陰で囁かれながらも、シンの“能力”によって予見された〈レギオン〉の大攻勢に向けて戦い続ける。そしてその傍らには、彼らよりさらに若い、年端もいかぬ少女であり、新たな仲間である「フレデリカ・ローゼンフォルト」の姿もあった。
少年たちは、そして幼き少女はなぜ戦うのか。そして迫りくる〈レギオン〉の脅威を退ける術とは、果たして──?
シンとレーナの別れから、奇跡の邂逅へと至るまでの物語を描く、〈ギアーデ連邦編〉前編!
“──死神は、居るべき場所へと呼ばれる”

レギオンが蔓延る領域の最深部を突破して、ギアーデ連邦まで逃れたシンたち86。連邦はトップである大統領を含めて、このレギオンとの絶滅をかけた戦争の只中でありながらかなりマトモな倫理観を保っている国で、シンたちはその悲惨な境遇も相まって手厚く保護されることになる。元居た共和国があまりにもクソすぎたので、それと比べればどこの国情も大概「まとも」に見えるんだけれど、それとは関係なしに比較的にではなく、本当にまともなんですよね、連邦。
ただ若干国家国民全体に潔癖のきらいがあるのは、ギアーデ帝国というレギオンを生み出してしまった国から革命を起こして連邦を立ち上げた革命国家だからかもしれない。国の中枢から一般市民に至るまで全体的に「正しさ」という理念への拘りが垣間見えてくる。
でも、その正しさが基本悪への排斥ではなく、多人種への融和や自由意志の尊重という方向へと向いているのだから、大したものである。革命政権というものは、よっぽど出ない限りだいたい既存の体制の破壊から混乱をもたらしてまともな国家運営にまで漕ぎ着けられないものなのに。
それだけ、今暫定大統領を務めているエルンストがよほどの傑物だった、という事なのだろう。シンたちの保護責任者にもなったこの人、プライベートではぽややんとした学者風のおっちゃんで人柄もよく真面目な善人なんですよね。いい人なんだ、この人が革命の首魁だったとは思えないほどに。
もう戦わなくていい。君たちはもう幸せになるべきだ。
86たちの悲惨な境遇は連邦内で大々的に報道され、シンたちは守られるべき子供として保護され、戦いから遠ざけられることになる。シンたちも初めて味わう真に平和で平穏な日々を過ごし、楽しみを覚え友達を作り、何事もない日常に慣れ親しんでいく。
シンたちは、平和を拒絶したわけでも慣れなかったわけでもない。ただ、選ばなかったのだ。彼らは、今このせかいがレギオンによって滅ぼされようとしているという現実に、背を向けなかった。それは確かに選択だろう、彼ら自身が選んだ道なのだろう。でも、もうほかの人たちに任せていいんだ、と思うことすらも出来ず、現実から逃げることは出来ない、と疑いもしていない時点でやはり「囚われている」のではないだろうか。
死に急いでいるわけでもないだろう。シンが殿を務めようとした時に皆が抱いた怒りは、死への拒絶だ。最後まで生きようと足掻いたが故に、彼らは連邦まで逃げ延びることが出来た。
にも関わらず、彼らは自分たちの最期が戦って死ぬことだと、本当に疑問にも思っていないのだ。それが当たり前の結末だと、真理のごとく思い込んでいる。
いつか死ぬ順番が来るのを、必死に遠ざけようとしながら、順番が自分の所に来ること自体は当然だと思っているのだ、こいつらは。それが、義務だと思っている。先に逝った戦友たちのもとに、自分たちもいずれ行くものだと思っているのだ。
それは、やっぱり、おかしいだろう。おかしいじゃないか。
だから、彼らが戦場に戻ることに憤り反発しながらも、最終的に彼らの意志を尊重したエルンスト大統領が、それでもなお抗うように彼らに示した道には、大きな共感を覚えるのだ。
戦争が終わったあとのことを、終わった後になにをしたいか考えてくれ。
戦争が終わるものだと、まるで頭になかった彼らに。戦死だけが終わりだと思いこんでいた彼らに、本当の意味で未来・将来というものを少しでも意識付けることに成功したエルンストは、親代わりとしても偉大な人物なのだろう。
レギオンに奪われ意志を乗っ取られた兄を討つ。その目的を果たしてしまい、ただでさえ生にしがみつくべき理由を失っているシンにとって、エルンストが指し示してくれた未来というものは、彼の中に強く焼き付いているレーナの存在を、もう一度強く意識させる要因になったような気がする。
もう一度、彼女と再会する。一巻の終わりで結実したこのシーン、ここに辿り着くためには果たして86たちはただ戦場に戻って死にものぐるいで戦うばかりでは足りなかったはずだ。強い、目的意識、生への執着、叶えたい願いこそが現世にしがみつく力となる。ただ、敵を倒すための狂った化け物というだけでは、どこへも辿り着けない。フレデリカのシンへの危惧もまた、そのあたりだったのじゃなかろうか。
いずれにしても、この物語が彼ら86たちが明確に、戦争が終わったあとの事を思い描く日が来るのを描くためのものであることを、願うばかりだ。

今回は、ちょっと時系列が前後するところがあって、わかりにくいというわけではなかったんだけれど、その理由がちとわからなかった。特にユージン、あれを先に描いちゃうのって逆に最初の時点では誰?という印象になってしまって、あんまり意味なかったんじゃないかな、と思ってしまった。
言うほど、しっかりとユージンと絡むシーンも少なかったし。あれだと、友達だという印象も薄いままで通り過ぎてしまったような気がする。それを言うと、86のシン以外の面々。ライデンはサブリーダーで兄貴分、というところで存在感あるんだけれど、他の面々はこの期に及んで未だにキャラの掘り下げが足りてない感じで印象薄いんですよね。これは一巻の時点からそうなんだけど。
あと、時々唐突に情景描写が抽象的になることがあって、そうなると何が起こったのか具体的なところがよくわからないまま、置き去りにされて話が進んでしまう所が何度かあって、ちと引っかかったんですよね。

ラストはレーナがすべて持っていってくれました。なんですかあれ、状況設定といい台詞回しといい、めちゃくちゃ燃えるじゃないですか。
最後の最後にガツンとテンション金槌で叩き上げての、次回へ続く。成長という意味では、レーナの方が何も知らず何も出来ず何も分からず為すすべなかった頃から、尋常ではなく爆上げしてるよなあ、これ。

1巻感想

86―エイティシックス― ★★★★   

86―エイティシックス― (電撃文庫)

【86―エイティシックス―】 安里アサト/しらび 電撃文庫

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“その戦場に死者はいない”――だが、彼らは確かにあそこで散った。

サンマグノリア共和国。そこは日々、隣国である「帝国」の無人兵器《レギオン》による侵略を受けていた。しかしその攻撃に対して、共和国側も同型兵器の開発に成功し、辛うじて犠牲を出すことなく、その脅威を退けていたのだった。
そう――表向きは。
本当は誰も死んでいないわけではなかった。共和国全85区画の外。《存在しない“第86区”》。そこでは「エイティシックス」の烙印を押された少年少女たちが日夜《有人の無人機として》戦い続けていた――。
死地へ向かう若者たちを率いる少年・シンと、遥か後方から、特殊通信で彼らの指揮を執る“指揮管制官(ハンドラー)”となった少女・レーナ。
二人の激しくも悲しい戦いと、別れの物語が始まる――!
第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作、堂々発進!
またグレートヘヴィな作品持ってきたなあ。今の御時世で、これだけ重厚で差別問題や最前線と銃後の意識の差などを躱さずに直球で叩き込んでくる作品で勝負してきただけでも凄いと思うし、それをエンターテイメントとしてモノにしているのだから大賞というのも納得だ。
死者のいない戦場、有人型無人兵器。人間扱いされない人型の豚だから、幾ら戦場で死んでも戦死者はゼロだし、彼らが乗って戦う兵器は「人間」が乗っていないから無人兵器。これだけのフレーズを冒頭から浴びせかけてくる強烈さには慄くばかりである。
人の悪意も然ることながら、無関心故の残虐さというものもありありと描いていて、これがもう読んでいてもひたすら胸糞悪い。一方で安全なところから自分の手が汚れないところから、お高いところから見下して決して交わることのない立ち位置で、まるで心も体も魂も寄り添っているかのように振る舞うという、善意と正しさの醜さと惨たらしさも、冷徹に暴き出している。
結局のところ、この物語は86の少年少女たちと、支配側である指揮者のレーナが顔も合わせることのない違う場所で、しかし同じ戦場で戦うまでの物語だったんですよね。物理的に同じ場所に立つことは出来なくても、心は共に、戦うことが出来るか否か。
その答えは、別れのシーンでレーナが呼びかけた、訴えかけた、あの縋るような言葉が答えだったのでしょう。そう心から思える場所にレーナがたどり着くまでに、彼女は幾度も打ちのめされ、全否定され、自分を呪い、国に怒り、のたうち回ることになるのですが、この追い込みっぷりを鑑みると主人公はむしろレーナなんでしょうな、これ。
実のところ、シンたちの部隊の描写ってそれほど割かれてないんですよね。メンバーの様子にしても。カラー口絵である程度のメンバーの集合写真があるので、見分け自体はつくのですけれど、主に物語の根幹を担い続け、レーナの窓口であり続けるシンと、彼をサポートする副長の二人を除くと、レーナに反発するセオにしても、ヒロイン枠に入るはずのクレアやアンジュにしても隊全体を描くシーンはともかくとして、個々のキャラクターを掘り下げる描写自体がかなり少なかったんですよね。その他のメンバーに至っては、もっと少なかったわけで、後々の櫛の歯が欠けたよう減っていく部隊員にしても、それぞれに思い入れらしい思い入れも出来ておらず、見知らぬ人とまで言ってしまうとアレなのだけれど、脱落に対して感情が動くまでの対象にはなってなかったんですよね。
86という存在に対する共和国の扱いの凄惨さ、当事者である86たちの鬱屈や、このあまりにも惨たらしい人倫に悖るやり口に苦しむ共和国側の良心的な人たちの在り様など、世界観というかバックグラウンドに渦巻く人の想いへの何度も重ね塗るような丹念な蓄積の噴出口として、レーナとシンにしぼりすぎたキライもあるんですよね。マクロ的な絶望感に対して、ミクロであるシンの部隊が破滅への道をひた走っていく絶望的な状況に関しては、それほど感情が乗らなかったというべきか。
おそらく、その絶望感の実感をもっとも得ていたのは、当事者であるシンたち以外では、メインであるレーナがもっとも受け止め、焦燥し、切羽詰まって追い込まれていくのだけれど、それに共感しきれずに後ろから見ている、という感触だったんですよね。その段差が自分としては気になったというほどではないのだけれど、若干の空漠があったわけです。
物語と世界の空気感の完成度と突き詰め方に対して、主役たるレーナとシンを除く周りを固めるキャラクターたちの魅せ方が、その重要性とは裏腹に手が回りきっていなかったのが勿体なかったなあ、という印象でした。
ここらあたりは、ラストの展開を見るとむしろ次巻で大いに期待できそうではあるのですけれど。

ともあれ、主たる物語そのものがもうドエライもんでしたからねえ。大注目を受けるのも当然ってなもんですわ、これは。

 

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